第5話 我々が武装しているのを見て、ゴブリンが逆上せんかね


 ――ニ十分後。


 亮介は彼女の家にやって来た。


 ふたりとも学校に病欠(嘘)の連絡をする必要があり、色々忙しかったため道中ではゴブリンの件を話せなかった。


「……おじゃまします」


 女の子の家に上がるのって緊張しちゃう。小学校の時は、友達の友達という『ほぼ他人だね』な女の子の家にちょっと上がらせてもらったり、学校行事にかこつけて女の子の家に皆で集まらせてもらったり……てことがあった気もするけれど、中学ではゼロだったな。


 それで十六歳になり、スーパーミラクル美人こと菱屋あかりの自宅におじゃましているのだから、人生って本当に分からない。


 彼女が先に靴を脱いで上がり、モジモジしながらこちらを振り返って待っている。


 う……ジロジロ見られている中で靴を脱ぐの、緊張……。靴下に穴とか開いていたら地獄だな。でも菱屋さんならそれを見て、ププッ、て面白そうに笑ってくれるかもしれないけれど。


 彼女が立ち塞がっているので、接触しないよう苦労してフローリングの床に上がったのだが、距離がめちゃくちゃ近くなっているのに、それでもどいてくれない。


 ……何これ、新手の意地悪?


「菱屋さんちの玄関が広いのは分かったけれど、先に進んでもらわないと窮屈だな」


 やんわり考えを伝えてみたよ。


 すると。


「横に並ぼ。並んで進も」


 なんか呪文みたいな文言を告げてきた。『ヨコニナラボナランデススモ』――ふと思ったんだけど、彼女って魔法使いかなんかで、禁じられた呪文を口にしたことで、自販機にゴブリンを召喚してしまったってことはないのか?


「……今、横に並ぼうって言った?」


「言った」


「なんで? 廊下で横に並ぶ必要ある? 普通さ、住宅の廊下って、タテに並んで進むよね?」


「だって怖いじゃん。部屋に入ったら、ゴブリンが起きててさぁ、キッチンから盗んだ包丁とか持ってたら怖いじゃん」


「うわー……うわぁ」


 超げんなり~。


 来たばかりでこんなことを言うのもなんだけれど、ものすごく帰りたい。『自販機からゴブリンが出て来た』のパワーワードに気を取られて、肝心のゴブリンがどういうメンタルのやつなのかを考えていなかったよ。


 そっか……ホラー系のヤバイやつって可能性もあるよなぁ。


 え? じゃあ映画とかでいうと、今ってオープニングで頭悪そうな男女が惨殺されるシーンてこと? 次は悲鳴が響いて、その後静まり返り、家中血まみれのカットが挟まれたあと、ゴブリンが街に放たれる、みたいな……。


 亮介は腰が引けてきた。そっと後ずさろうとしたら、ガシッと腕を掴まれ。


「ねぇ、帰らせないよ?」


 彼女から放たれる殺気……!


「ていうかこんなふうに恐怖シチュエーションになったの、菱屋さんのせいだよね」


「心外!」


 暗闇のネコみたいに、彼女の瞳孔がクワッと開いた。


「心外じゃないでしょ。菱屋さんがゴブリンを置いて家を出たせいじゃん。その場でゴブリンを見張りながら、スマホで誰か呼べばよかったじゃん」


「でも私、家を出る前は南町くんの連絡先知らなかったし」


「……た、助けを求めるのは、僕じゃなくてもいいだろ」


「とか言って、頬っぺた赤いぞ~☆」


 うりうり、みたいに肘で横腹を突いてくるのだが、そりゃ赤面もするだろ! 女子と喋ること自体滅多にないのに、なぜかめちゃくちゃ可愛い子の自宅にお邪魔することになり、密着されて頼られているんだぜ。それでこれ何? 彼女の近くにいると感じる、このアンズみたいな甘い香り……意識が遠くなってきた。


 えー……こんな頭ポワポワしたまま、僕はゴブリンに刺されるかもしれないのか? 馬鹿丸出しじゃん。


「さぁ行こうか南町くん」


「武器は持っていかないの?」


「だけど我々が武装しているのを見て、ゴブリンが逆上せんかね」


 彼女が腕組みをして、複雑な形に眉根を寄せて言う。


 おお……確かにぃ。


 不必要に相手を警戒しすぎて、どんどん関係が悪化するって、人生の『あるある』だよなぁ。


 あと、こちらが中途半端に武装しても、あっちが殺る気なら、どうせ瞬殺されそうだしな……。


「ゴブリンって菱屋さんの部屋にいるの?」


「YES」


「じゃあ部屋の扉を素早く開けて、ちょっと様子を見てみようか」


「YES」


「君の部屋、どこ?」


「二階~」


 指をクイクイと動かし『付いて来な』みたいなジェスチャーをしたあと、キリリ決め顔で歩き出す彼女。


 階段まで辿り着き、彼女が一段目に足をかけたので、トントンと肩を叩いた。


「なんだい、南町くん」


 半身で彼女が振り返ったのだが、なんで暗殺者みたいにクールぶっているんだよ。


「いや……菱屋さん、先に上がるつもり?」


「君がタテ並びで、って言ったんじゃないかぁ」


 拳を握って『もー』みたいに上下に動かしているんだが、これ、計算じゃなくて素でやっているのか?


 可愛いけれど、こういう仕草は別にツボじゃないのでスルーする。


「タテ並びはいいんだけど、僕、女子の後ろを歩くのいやだなぁ」


「なんで?」


「スカートの中、見た? という冤罪(えんざい)を着せられたくないよ」


「考えすぎじゃない?」


「そう? 君、男子に対して『こいつ後ろからグイグイ来るけれど、私のスカートの中を見ようとしているな』と警戒したことが一度もないわけね?」


「………………」


 うわ、否定しない! そういう疑いを持ったこと、あるんじゃん! 危ねぇ、うっかり信じて彼女の後ろを歩いてしまい、『南町くん、スカートの中を覗こうとしているんじゃね? キモ』って思われるところだったよ!


 学校でそれを言いふらされたら、人生終わる。


「やだもう、すごいトラップ仕かけてくるう……一方的に助けを求めておいて、なんなんだよ、怖いよ菱屋さん」


「違うもん。南町くんに対しては『スカートの中を覗こうとしているんじゃね? キモ』って思わないもん」


「えー……? 僕、女子のそういう安請け合い、信用しない」


「ひど。じゃあ先に行きなさい」


「分かった」


 ホッ……これで痴漢冤罪を回避することができる。


 階段を上がっていると、彼女が後ろでボソボソ何か言い出して、すごく気になった。


「ていうかさ……南町くんて、自分が痴漢されることはおそれていないんだね。私が痴女(ちじょ)な場合、君今、すごく危険なことしているからね。『ケツ揉ませろよぉ』って後ろでエロいこと考えているかもしれないじゃない? でも警戒心ゼロ。子羊だな、南町くん……チョロイよな。そんなことをしていると、遅かれ早かれ、どこかの肉食系女子に尻を揉まれてしまうぞ?」


 ……なんかさぁ、ちょっと嫌な気持ちになったよ。


 親切心で家まで来てあげたっていうのに、『チョロイ』呼ばわりだぜ?


 そもそもの話、モブ系男子生徒の尻を揉んで、何が楽しいんだよ。揉む気なんか一切ないくせに、こちらを嫌な気持ちにさせるためだけに言っているだろ。


 ――恩を仇(あだ)で返される、とはこのことだな!


 将来有名になって自伝を出版するとしたら、絶対に今日の出来事を記すぞ。亮介は心に誓った。


 皆への教訓として、


「超絶美少女から『うちにゴブリンおるから、一緒に来て!』って頼まれても、ホイホイ付いて行くな! ロクなことにならない!」


 と太字ゴシックで書いてやるんだ。


 絶対に書いてやるんだ!


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