第4話 菱屋さんは真実を述べていた――ゴブリンは日本に上陸していた!


 彼女は「南町くんがいい人だって前から知ってたよ」とぶちまけたあと、アスファルトの上で膝立ちになり、こちらの肩を掴んで情熱的に揺すってきた。


「南町くん、これからうちに来て!」


 興奮のためか瞳がキラキラ輝いている。


 全然関係ないけれど、彼女が膝小僧を痛めないか心配になる。


 アスファルトに直で膝小僧を突いて、痛くないのかな。興奮しているから痛みを感じていないのかな。見ているこっちがハラハラしちゃうよ。


「あの、菱屋さん、膝……」


「え、ピザ?」


「いや違くて、膝――そのポーズ、痛くないの? とりあえず立とうか? 僕も立つから」


 亮介はおっかなびっくり彼女の腕に手を添え、そう促してみた。


「いいえ、立ちません!」


 なんでそんな綺麗な顔でキリッと阿呆なことを口走れるんだよ。こっちは君の膝小僧を心配しているんだぞ、分からず屋め!


「なぜだ、なぜ立つのが嫌なんだ?」


「立つのが嫌なのではないの。君の優しさを利用するつもりなの」


 ゾッ……。


「どういうこと? 発想が怖いんだけど」


「南町くんは親切だから、私の膝小僧を心配しているのでしょう? ならば交換条件よ――あなたは私を立たせたいなら、うちに来るしかない!」


「いやだ!」


 そんなふうに脅迫されてさ、「はい行きます」ってならないだろ! 絶対いやだよ!


「なんでよ、南町くん、ひどいよぉ」


 今度は眉尻を下げて半ベソ……この子、情緒はどうなっているんだ?


「泣かないでよ、菱屋さん」


「泣いてないぃ」


 いや本当に涙目じゃん……女の子が涙目だと、こっちは困り果てちゃうよ……。


「その、なんで家に来てほしいの?」


「今、ゴブリンがうちにおる……」


 恥じるように俯いてモソモソ言うもので、よく聞き取れなかった。


「……は?」


「ゴブリンを自販機から引っ張り出して、とりあえずうちに置いて来た……怖いから、これから一緒に見に行こ?」


 こちらのシャツの袖を引いて、涙目で顔を真っ赤にして訴えるわけですよ……。


 だけどさ、彼女の家に行って、ゴブリンが『いなかった』ら? 彼女が何もない空間を指差して、「ほら、南町くんにも見えるよね?」って言ってきたら?


 どうやったら彼女を傷つけることなく、その場を乗り切れる……?


 困惑が顔に出てしまっていたようで、それに気づいたらしい彼女がポケットからスマホを取り出した。


「わ、私、電波じゃないよ――これ見て」


 画面をこちらに見せてくる――写真だ。


 撮った場所は彼女の自室であると思われた。ステンレスの大きなカゴの中で、薄緑色のゴブリンが丸まって眠っている。普通に服は着ていた。ちょっと昔っぽい服だけれど。


 ゴブリンの手前に彼女がいて、恐怖に強張った顔で自撮りしている。


「証拠を残しておこうと思って、写真を撮ったんだ」


 アスファルトの上で、ふたり、瞳を揺らして見つめ合った。


 亮介の心中は嵐だった――歪んでうねって、大混乱。


 菱屋さんは真実を述べていた――ゴブリンは日本に上陸していた!


 おそるべし、地球温暖化!


 生態系は確実に壊れている!


 そして――そして。


 菱屋さん、なんでだ――なんでゴブリンを自販機から引っ張り出しちゃったんだよ。


 たまたま発見したまでは『災難だったね』ってことになる。でもその後に君が取った行動はひどすぎないか?


 自販機から引っ張り出したなら、『それ』は警察に届けてほしかった。


 なんで自宅に連れ帰って、しかも置いて出て来ちゃうんだよ。


「……………………」


 感情が一周して、表情がスッ……と消え去ったのを自覚した。


 まさに無の境地。


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