第3話 彼女の言葉は魂に響いた


 彼女が順を追って説明してくれた。じんわり涙目で。


「朝、家を出て通りを歩いていたんだけど、道の端に缶飲料の自販機があってね――『故障中』っていう紙が貼ってあったの」


「うん」


 導入部はちゃんと理解できた。なんだかホッとする。この調子で最後まで乗り切れないだろうか……亮介はそう願った。


 あとどうでもいいことだけれど、彼女が全然立ち上がらないから、こちらも話を聞いているあいだずっとアスファルトに片膝をついた状態で……はたから見たら、『何あの子たち?』って不審に思われるかな。


「私、何気なくチラッと見て、視線を外そうとして、でも何か気になったのね」


「あ……気になっちゃったんだ」


 気にしなければよかったのに。気にした結果が、さっき君が半ベソで叫んだ「自販機から薄緑の〇〇〇〇が出て来たぁ!」に繋がるわけだよね。


 現代人にもっとも必要なものは、スルースキルなんだぜ。


「南町くん、残念な子を見るような目で私を見ないで!」


 彼女がむぅと横目で睨んでくる。……どうでもいいけど、どの角度も例外なく可愛いな、この子。


「お、ごめん……つい」


「つい、じゃなーい!」


 怒れる美少女。


「南町くんだって、私の立場だったら、絶対めくってたもん」


「何を?」


「自販機って下のほうに缶の取り出し口があるじゃない? アクリルカバーがついているとこ」


「ああ、あるね」


「あそこがちょっとペローンてなってて」


 彼女が華奢な手を動かして、『カバーがちょっと持ち上がってたんですぅ』のジェスチャーをする。目が真剣だ。すごく一生懸命説明してる。


「そうか」


「そうなのだ――あ、間違った、そうなのです」


 頬を赤らめて照れているようだが、些細な言い回しとか、どっちでもいいわ。


 彼女が続ける。


「それでよくよく見てみたら、小っちゃい緑の手が取り出し口からはみ出してて」


 はい、ストーップ! 急にトークのゴールが見えたぞ!


 小っちゃい緑の手、か――やだもう、じゃあやっぱり先ほど彼女は「自販機から薄緑のゴブリンが出て来たぁ!」って言ったんだ。僕の聞き間違いじゃなかったんだ。亮介はショックを受ける。


 え、日本にゴブリンが出る時代になったの? 生態系、乱れてきているなぁ。もしかして温暖化のせい? だとしたらすごいね、温暖化……氷がとけたことで、なぜか異世界と繋がっちゃったとか? 地球の危機じゃん……。


 もうなんか切なさが込み上げてきてさ……無言でアスファルトに視線を落としちゃったよ。


 温暖化で異世界と繋がった、っていうのは冗談でさ。冷静な自分はちゃんと分かっていて、『ゴブリンは菱屋さんの空想の産物(さんぶつ)である』と囁きかけてくるわけよ。


 だとするとそれを現実だと信じ込んでいる彼女にはお医者さんとか、専門家の助けがいる。こういう症状の治療って難しそうだから、彼女に待ち受けている困難を思うと、他人事ながら、なんだか胸が痛くなるよな。


 そして万が一……万が一だよ? ゴブリンが本当に自販機から出て来たとするなら、それはそれで大問題だよね。高校生がどうにかできる問題じゃない。国のほうでなんとかしてほしいよ。


 ブルーになっていると、肩をパシパシ叩かれた。


「まだここからだから! 南町くんお願い、私の話を最後まで聞いて!」


「いやぁ……思ったより重い話っていうか、僕の手には負えないっていうか……」


「南町くんしか頼れないの、私を見捨てないで!」


 いや、ちょっとそれは聞き流せないな。


 眉根が寄っている自覚がある。


「でも菱屋さんて人気者でしょ。君を助けたいって人、いっぱいいると思うけど」


「そんなことないよ。皆、南町くんみたいにちゃんと話を聞いてくれないと思う」


「いや、僕のこの態度は『ちゃんと話を聞いている』部類に入るのだろうか……?」


 ちょっと後ろめたい。全然さ、「頼ってよ、菱屋さん、僕がついているからね!」みたいな爽やか前向きテンションで聞いてあげていなかったから。


 だけど彼女がすがるようにこう言ったんだ。


「私、南町くんがいい人だって、前から知ってたよ。だって学校でも全然怒らないでしょ。いつもフラットだもん。相手が誰でも態度を変えないし、イガイガしないし、悪口言わないし、優しいでしょ。さっきね――声をかけてきたのが南町くんじゃなかったら、私はこんなふうに悩みを相談していないよ」


 なんかガツンときた……大袈裟かもしれないけれど、彼女の言葉は魂に響いた。


 自分はそんな大層な人間じゃないし、もちろん腹を立てることだってある。けれど彼女はそういうこともすべて分かった上で、『優しい』と言ってくれたんじゃないかな?


 私はあなたのことを優しいと思ったんだから、それでいいでしょ、みたいな……他人を素直に褒められる人ってさ、そういう妙ないさぎよさがあると思うんだ。


 ふたり、しばし無言で見つめ合う。心がソワソワしてポワポワして。


 ……なんか耳、熱いかも。


 そうしたら彼女が照れたように俯き。


「あ……なんか耳が熱い、かも」


 と言って、両耳を手のひらで押さえたんだ。


 考えていることが、似ているし。


 その仕草が可愛すぎて、ハートを撃ち抜かれた。


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