第2話 南町くん、助けてよぉ……自販機から薄緑のゴブリンが出て来たぁ!


 ――朝八時半。


 裏門に通じるこの抜け道は、使っている生徒があまりいない。


 亮介が急ぎ足で高校に向かっていると、通りの前方にしゃがみ込んでいる女子生徒を発見した。


 貧血でも起こしたのだろうか。


 近くで足を止め、『大丈夫かな』と思いながら声をかける。


「あの……具合が悪いんですか? 先生を呼んで来ましょうか?」


 上級生かもしれないから、敬語で話しかけてみた。礼儀正しくしておけば、敵意を向けられることはないだろう。


 すると。


 膝を折り曲げて俯いていた女子生徒がモゾ……と身動きし、こちらに振り返った。視線が絡んだ瞬間、亮介は仰天して半歩後ずさっていた。


 うわ――菱屋さんだ!


 学校で一番可愛いと評判の菱屋あかり――彼女とは同じクラスなのだが、これまで一度も喋ったことがなかった。


 彼女、なぜかちょっと涙目である。


 え……本当に大丈夫?


「……南町くん」


 彼女がモソモソと呟きを漏らす。名前を知っていたんだ……という衝撃。格差がありすぎて、認識されていないと思っていたよ。


「菱屋さん、平気?」


「平気じゃない……ていうか南町くん、私の名前を知っているんだね」


「そりゃ知っているよ」


「なんで?」


 ぐずっているような顔で、意外とグイグイくるな。


 ていうか今は君の体調のほうを話題にすべきで、『なんで名前を知っているの?』とかあと回しでよくないか?


 それともあれか……可愛すぎる女の子って、ストーカーを警戒する習性があるのかな。


「あの、ストーカーとかじゃないよ? あとをつけて、声をかけたわけじゃないからね?」


「うん、分かってる」


 え……分かっているの? なんで? ストーカーって「わたくし、ストーカーです」って言わないと思うよ? 一旦疑ったほうがいいよ?


 彼女がこちらをじっと見上げながら続ける。


「だって南町くん、私に興味ないじゃない?」


「そんなことはないけど。同じクラスだし」


「そんなことあるでしょ。学校でジロジロ見てこないでしょ」


「あの……ほとんど他人なのに、ジロジロ見たら失礼だと思うけど。別に彼女でもないのに」


「でもほとんど他人なのに、ジロジロ見てくる人、いるよ?」


 やだ、なんか可哀想……動物園のパンダみたいな人生。同情して、ホロッときてしてしまった。


 人間さぁ、『今日、寝ぐせついてる』みたいな日もあるじゃない? だけど皆から『超絶可愛い菱屋さん♡』という目で常に見られていたら、『まぁいいか、寝ぐせくらい』って気楽に生きられないよねぇ。毎日気合が必要だろうなぁ……。


 彼女がなかなか立ち上がらないので、膝を折り視線の高さを合わせる。


「貧血? 一緒に保健室行く?」


 彼女がフルフルと首を横に振る。そしてじんわりと目尻に涙をためて、超絶可愛い顔で訴えてきた。


「南町くん、助けてよぉ……自販機から薄緑のゴブリンが出て来たぁ!」


 ん……なんだって?


 一回で理解できなかったわ、ごめんね……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る