第45話 クレマティス対ストメリナ

 (なんと禍々しい魔力だ……! あれが、朱い魔石バーミリオンなのか?)


 ストメリナの背後には、巨大なつららのような朱い柱が何本も立っている。それは暗い坑道の中でもぼんやりと輝いていた。一面、不気味な朱色に染まった空間に、クレマティスはぞっとした。


「うぅっ……」

「ディルク様っ……!」


 自分の腕のなかで、ディルクは酷く苦しそうにしている。今すぐにでも回復魔法を掛けてやりたいが、目の前のストメリナをまずどうにかしないと駄目だろう。


 (……私が、戦わなくては)


「ディルク様、すぐにお助けしますから」

「ばかやろうっ……! あ、あんなやつと戦おうとするな! 殺され……ぐっ、ごほっごほっ!」


 ディルクはクレマティスの軍服の胸元を掴む。

 ごほごほと咳き込み、苦しげにする彼に、せめてもと痛みを和らげる魔法を掛け、バリアを張った。

 クレマティスはその場にディルクを横たえる。背中が痛まないよう、魔法の力で彼の身体を少しだけ宙に浮かせた。

 クレマティスは立ち上がると、目の前に佇むストメリナを睨んだ。


「もう馬鹿な真似はやめてください、ストメリナ様!」

「はぁ? 何を言っているの? ここで朱い魔石を奪ってブルクハルト王国を滅ぼせば、大陸を統べる力だって手に入るのよ」

「あなた一人力を手にしたところで、破滅が待っているだけだ」

「そんなのやってみないと分からないじゃない!」

「分かる! ……覇道を突き進もうとした国は僅かな期間で滅んできた。グレンダン公国を、あなたはたった百五十年の歴史で終わらせるつもりですか!?」

「黙りなさい!!」


 (この人には話し合いは通じない)


 どこまでも傲慢で、自分勝手で、その場限りの感情で動く愚かな女。考えなしのくせに、無駄に権力があるばかりに周りを振り回す。

 よく見ると、ストメリナの周囲には側近らしき魔道士達が倒れていた。ディルクがやったのか、それともストメリナがやったのかは分からない。だが、彼女が彼らを巻き込んだのは確かだ。


「巨氷兵よ! クレマティス将軍を倒しなさい!」


 ストメリナが、つばを飛ばしながらこちらを指差してくる。彼女の背後には、全身朱色に染まった巨氷兵が二体もいた。巨氷兵はその名の通り氷のゴーレム。通常は水色をしている。


 (朱い魔石を喰わせたのか……!)


 先ほど聞こえた獣が叫ぶような音は、巨氷兵が発したものだろう。


 (巨氷兵は水・氷属性のゴーレムだ。てっきり朱い魔石と属性が合わず、身体に取り込んでも無駄かと思っていたが……)


 巨氷兵は朱い魔石を取り込んだことにより、どうも属性を変化させているようだ。

 その手にある幅広剣は炎を纏っていた。


 (圧倒的にこちらは不利だ。……だが、撤退はできない)


 ここで逃げてしまえば、この二体の巨氷兵はそのままイルダフネ領を襲うだろう。イルダフネ領はブルクハルト王国の国防の要だ。ここが落ちれば、王城だって危ない。

 坑道の入り口に倒れていた魔道士達は、一目で格が高いと分かる装いをしていた。あの者達を難なく倒したであろうストメリナは強い。


 こちらが勝てる可能性はけして高くない。

 ……だが、戦わなければ。


騒乱の剣ライオット・ソード!」


 クレマティスが両腕を振り上げると、彼の頭上に二本の両刃剣が現れる。

 彼の特殊能力は「武器の召喚」。

 魔力結晶化させた武器を体内に取り込み、必要に応じて呼び出せる。なお、呼び出した武器は自在に操ることができた。


 (このライオット・ソードでは巨氷兵は倒せないだろう。だが、ストメリナ様を討てば巨氷兵は動かなくなるはずだ)


 巨氷兵のようなゴーレムは、操っている術者が倒れれば動きが止まる。


 クレマティスは、呼び出した両刃剣をストメリナへ向かって飛ばす。

 だが、それは巨氷兵の幅広剣に難なく止められてしまった。

 巨氷兵が両刃剣を受け止めている間に、もう一本の両刃剣をストメリナへ向かって飛ばすも、巨氷兵は二体いる。もう一体の巨氷兵が、それをカンッと甲高い音を出しながら打ち落としてしまった。


「くっ……! まだまだだ!」


 クレマティスは武器を増やそうと、また両腕を振り上げる。


 (相手は巨氷兵が二体。攻め手を増やせば、きっと隙ができる)


 朱い魔石を取り込んだ巨氷兵は、心なしか動きが鈍い。そして、ずっと呻き声のようなものをあげている。

 クレマティスは次々に両刃剣を呼び出すと、ストメリナへ向かって一切に飛ばした。


「邪魔なハエだこと!」


 巨氷兵の動きは緩慢だが、彼らの身体は鋼鉄のように硬く、両刃剣が当たってもビクともしない。

 さらにストメリナ自身も、氷の壁を呼び出しては両刃剣の剣撃を防いでいる。

 クレマティスの攻撃は、まったく通用していないかに見えた。

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