第44話 分かれるべきではなかった

「なんだ、この音は……!?」


 ディルクとは別の道を進んでいた、公国軍の将軍クレマティス。獣が叫ぶような音を耳にした彼は、あたりに視線を彷徨わせる。


 (獣……いや、魔物の雄叫びか? それとも坑道特有の風が通る音か? 分からないが、ディルク様は無事だろうか……)


 歩いても歩いても、ここに来ているであろうストメリナの姿はみえない。


 (もしや、こっちはストメリナ様がいない道なのでは……)


 焦りの汗がクレマティスの額に浮かぶ。

 もしも、ディルクが進んだ道の先にストメリナがいたら。そう考えるだけで、彼の胸はばくばくと早鐘を打つ。


 ディルクのことを信じていないわけではない。

 彼はエレメンタルマスターに匹敵する魔法の腕を持つ。たった一人でも、ストメリナ相手に十分戦えるとも思う。だが、それでも彼になにかあったらと思うと、クレマティスの胸は張り裂けそうになる。


 (……引き返そう)


 坑道の入り口へ戻り、ディルクが進んだ道を自分も行こう。クレマティスがそう考えた、その時だった。


「……地震?」


 ごごごごと音を立て、地面が揺れる。

 先ほど聞こえた、獣が叫ぶような音と関連しているのだろうか。


「ディルク様! ディルク様っ!」


 クレマティスは転ばないよう、壁に手をつくと、ここにはいないディルクの名を叫びながら、入り口へ向かって歩き出す。


 (ああ、二手になど分かれるべきではなかった……!)


 ディルクが無事か、心配で仕方がない。

 どうか無事にいてほしいと彼が天に祈ったその時、背後に異変が起こった。


「なっ……!?」


 何かがぼとぼとと落ちる音に、クレマティスが振り返ると、なんと壁に亀裂が入っている。ぴしりと音を立て、ぱらぱらと魔石が混じった砂が落ちてきた。


 (魔石鉱山は崩落しないよう、計算して掘られているはず。なぜ、こんな亀裂が……)


 クレマティスは魔道具で、あたりを照らしながら進んでいた。もちろん壁に異常がないか目視もしていた。

 ストメリナが坑道の奥でよからぬことをしている。そうとしか思えないような異変が起きていた。


 坑道の壁の亀裂はどんどん大きくなっていく。

 クレマティスは魔法のスペルを唱えた。


シールド!」


 クレマティスもサフタールほどではないが、補助・強化魔法が得意だった。崩れた壁の下敷きにならないよう、自身を覆うように丸いシールドを張る。


 (壁に穴があく……!)


 クレマティスは壁面に向かって腕をのばし、手のひらを向ける。

 なお、シールドとバリアの違いだが、バリアは属性攻撃魔法防御に特化したもので、シールドは物理系防御に特化した保護膜だ。

 クレマティスは崩落に巻き込まれないよう、二重三重にシールドを張った。


 壁の亀裂の隙間から、風と光が漏れ出す。

 クレマティスは足をふんばる。


「くっ……!」


 おそらく、壁の向こう側にストメリナがいる。

 クレマティスはがらがらと音を立て、崩れゆく壁を睨みつける。

 そんな彼のすぐ横を、何かが勢いよく通り過ぎた。

 それはクレマティスの背後にある壁にぶち当たると、あたりに砂埃が舞った。


 (なんだ……? 今、飛んできたものは)


 クレマティスはシールドを張りながら、後方を見る。

 砂埃がやんだそこには、頭を垂れる人がいた。

 クレマティスの頭の中が、一瞬真っ白になった。


「ディルク様!!」


 壁を背に項垂れるその人は、ディルクであった。


 ◆


 (あーあ……。俺、何やってんだろ……)


 首をもたげながら、ハッとディルクは自嘲する。

 彼はストメリナとその側近達を見つけ、不意打ちを狙おうと魔法のスペルを唱えたものの、逆に返り討ちにあい、壁ごと吹っ飛ばされてしまったのだ。


「……ィルクさまっ!」


 (やべぇな。……将軍の声が聞こえる)


 よりにもよって、自分はクレマティスがいるところまで飛ばされてしまったらしい。

 ディルクはチッと舌打ちした。

 口の中に血の味が広がる。


「ディルク様、何があったのです?」

「将軍……に、げろ……」


 喋るだけで、色々なところが痛む。壁にぶつかった際に骨が折れてしまったのかもしれない。

 クレマティスはしっかり自分の肩を抱いている。

 この場に置き去りにするつもりは毛頭ないようだ。


 ディルクは瞼を閉じると、またハッと乾いた笑い声を漏らす。


「俺を置いてにげろ……殺されるぞ、将軍」

「あなたを置いてなど行けるものか!」


 (あんたはそういう人だよな……)


 だからたった一週間で強く惹かれた。

 この人を支えたいと強く願った。

 どうしようもなく真っ直ぐな、この人を。


「あらあら……。男同士の癖に恋愛ごっこ? 気持ちが悪いわね?」


 ディルクはうっすらと瞼を開ける。

 そこには何本も立った朱い柱を背景に、胸の前で腕を組み、嘲笑を浮かべたストメリナがいた。

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