第46話 絶体絶命の危機

 (くそっ、身体が動かない……っ!)


 クレマティスが一人でストメリナと応戦しているというのに、何もできない。

 ディルクはクレマティスが張ったバリアの中でもがこうとするも、腕一つ持ちあげることができなかった。

 魔法も、スペルを唱えようにも集中がすぐに途切れてしまう。


 (情けない……)


 クレマティスを危険なめに遭わせたくないと思い、あえて二手に分かれる提案をし、彼にはストメリナがいない道を選ばせたのに。

 結局、クレマティスを危険に晒しているうえに、彼に助けられてしまった。


 (ちくしょう……! 俺は何もできないのか)


 クレマティスは先ほどから両刃剣を召喚しては、ストメリナへ向けて撃ち込もうとしているが、悉く巨氷兵に弾かれている。

 

 (クレマティス将軍がいくら魔力自慢でも、いつまでもこの状態が持つとは思えない。俺を守るためのバリアもずっと張り続けているんだぞ……!)


 胸骨を折ってしまったのか、息がしづらい。ぜえはあとディルクは荒い息をはく。

 この状況をなんとか打開せねばと頭を動かそうにも、脳に酸素が回らないせいか、意識を保っているのがやっとだ。

 ディルクの視界が暗くなりだした、その時。

 彼はこの場に大きな魔力が近づくのを、ふいに感じた。


 (なんだ……?)


 それはどんどん近づいてくる。

 だが、ストメリナやクレマティスは気がついていないようだ。


「あっはははっ!! 無駄っ! ムダよっ! そんなぬるい攻撃で、私を刺せると思って?」

「くっ……!」


 クレマティスの攻撃を難なく防ぎきったストメリナは、高笑いをする。そして、彼女は反撃に出ようした。


「……宰相の息子だからって、お父様から目をかけられている憎い男。ずっとあんたのことが邪魔だったのよ、クレマティス将軍……!」


 ストメリナはその頭上に巨大な氷の塊を呼び出す。

 幸か不幸か、坑道内でもこの場は他の通り道よりもずっと天井が高かった。彼女は大岩のような氷を呼び出すことができたのだ。


「死ねっっ!!」


 ストメリナが叫ぶと、ものすごい勢いでこちらへ向かって氷の塊が飛んでくる。

 もう駄目だとディルクが覚悟した、その時だった。


ほむらよ!!」


 ディルクとクレマティスの目の前に、突如火柱が何本も上がった。

 ストメリナが放った巨大な氷の塊は、火柱の間を通り抜けることができず、その場で割れてぼとぼとと落ちていった。


「……アザレア様!!」


 クレマティスが後方へ向かって叫ぶ。

 

「クレマティス将軍、ディルク様っ! ご無事ですか!?」


 ディルクが感じ取った魔力の正体。それはアザレアのものだった。


「ディルク殿、大丈夫ですか!?」

「さ、サフタール殿……」


 サフタールも一緒だった。


 (ああ……情けねぇな)


 ディルクは、アザレアとサフタールがこの場に駆けつけてくれて、心底安心してしまった自分が情けないと思った。


 (俺とクレマティス将軍だけでなんとかするつもりだったが……)


 ほっとしたせいか、ディルクの目尻からは涙がこぼれ落ちる。


「ふんっ、何人来ようと無駄よ。……むしろちょうどいいわ。あんた達みんな、まとめて殺してあげるわっ! 行けっ! 巨氷兵よっ!!」

「そうはさせないわ!! ストメリナ!!」


 ストメリナの命令を受けて、ウオオオオオオオオと唸り声をあげ、立ち向かってくる二体の巨氷兵。それを、アザレアはぐるぐるととぐろを巻く巨大な火柱を起こし、足止めしようとする。


 (朱い魔石を取り込んだ巨氷兵相手に、火柱は通用するのか?)


 ディルクは心配したが、朱く染まった巨氷兵にも炎魔法は効果的だったらしく、二体の巨氷兵は炎を纏った幅広剣を地面に落とすと、その場で苦しみ出したのだった。


 (嘘だろ……!? あの巨氷兵が……!!)


 ディルクは信じがたい光景に、目を見開く。


「クレマティス将軍、私がバリアを張りますので、あなたはディルク殿の手当を」

「サフタール様、かたじけない……っ! ……ディルク様っ!」


 クレマティスはサフタールに頭をサッと下げると、泣き出しそうな顔をしながらこちらへ向かってくる。


「大丈夫ですか? ディルク様。苦しくないですか? 今、私がお助けしますっ!」

「いや、俺のことはどうでもいいんで、サフタール殿と一緒にバリアやらシールドやらを張ってきてくださいよ……」


 クレマティスはディルクの側に両膝をつくと、彼の身体の上に淡い光を呼び出した。


「……私が参戦したところで、邪魔にしかなりません。アザレア様もサフタール様も、私とは比べ物にならない力をお待ちだ」


 やるせないと言わんばかりの顔をするクレマティス。

 彼のその表情に、ディルクの胸の奥が軋む。


「……クレマティス将軍」

「なんですか? ディルク様」

「助けてくれて、ありがとうございます。あと、迷惑かけてすみません……」


 ディルクが礼と謝罪の言葉を口にすると、赤い目をしたクレマティスは、スンッと鼻を鳴らし、首をおおきく横に振ったのだった。

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