第19話 話すべきか、否か
「……その、ペンダントトップを見せてもらえますか?」
いきなり謝りだしたサフタールに、ゾラは彼の首に下げられたペンダントトップを見せて貰えないかと頼む。
どこか諦めたような表情を浮かべたサフタールは、首の後ろに手を回すと銀の鎖を外し、ペンダントトップをゾラに差し出した。
「これはロケットペンダントになっています。どうぞ、お開きください」
ゾラは緊張しながら、受け取ったペンダントトップのふちに親指の腹を押し当てる。カチリと音がすると、
「これは……」
丸いペンダントトップの中には、朱い糸が渦巻き状になって収められていた。
(
「髪の毛……?」
「十年前にアザレア本人から貰ったものです」
「十年前? では、あなたは……」
(サフタール様は、アザレアが十年前に出会った、医法士の卵の少年……?)
ゾラはアザレアから、とある少年のことを知らないかと尋ねられていた。アザレアは、十年前に医法士の卵だという少年と出会い、自分の髪を数本渡していた。
魔法で髪の色を変える方法を探して貰うために。
「医法士の卵の少年……?」
「そう、名乗っていましたね……」
サフタールは苦笑いする。
思えば、サフタールはアザレアが語っていた少年の特徴と合致した。その少年は癖のない黒髪に、薄紫色の瞳をしていたという。彼はまさしくそのような毛色を持っている。
「アザレアには話したのですか? 十年前に出会っていることを」
「いえ、まだです。なかなか話すタイミングが掴めなくて……」
「きっとアザレアは喜ぶと思いますよ? あの少年がどうしているのか、ずっと彼女は気にしていましたから」
サフタールがあの少年だと知れば、アザレアの気持ちはさらに彼に傾くかもしれない。アザレアはサフタールに好感を抱いている。昔会った知り合いだと分かれば、さらに心を許すようになるのではないか。
アザレアの幸せをずっと願い続けていたゾラの表情は明るくなるが、サフタールは難しい顔をしている。
「十年前、アザレアから髪を数本頂きましたが、未だに彼女の髪色を魔法で変える方法は見つかっておりません」
「見つかってなくても、話したほうがいいですよ」
「そうでしょうか……。私はアザレアに失望されるのではないかと不安で」
「失望だなんて」
サフタールはブルクハルト王国で髪色を変える魔法を探すため、アザレアの髪を数本持ち帰っていた。
彼はアザレアに、無駄な希望を与えてしまったのではないかと気にしていた。
「私と出会ったあの日以降も、アザレアはずっと公国で虐げられていました。特にストメリナ様から受ける嫌がらせは酷かった……。見ていただけの私でさえ、胸が裂かれるような思いがしました」
「見ていただけ……? どこで見ていたのですか?」
サフタールはどこで、ストメリナがアザレアを虐めているところを目にしていたのだろうか?
ゾラの質問に、サフタールはハッとすると口元を手で覆った。
「……ゾラ殿、私はアザレアの髪を媒体にして、彼女の元へたびたび意識を飛ばしておりました。いけないことだとは分かっていました。でも、どうしても、アザレアがどうしているのか気になったのです……!」
サフタールの突然の告白に、ゾラは衝撃を受ける。
(身体の一部を媒体にして、意識を飛ばす……?)
理論的には不可能ではないと思うが、膨大な魔力が必要となる。
リーラからサフタールが持つ能力について聞いていたが、まさかここまでの芸当が出来るとは思っていなかった。
アザレアの私的な部分を覗かれたかもしれないと思うよりも、サフタールの人並み外れた特殊能力の方が気になった。ゾラはかつて魔法研究所一の秀才と謳われていた。魔法や特殊能力への関心は人一倍あった。
「サフタール様は、危険予知の能力があるのですよね? その……身体の一部を媒体にして意識を飛ばす術は、危険予知の応用みたいなものなのでしょうか?」
「分かりません。気がついたら使えるようになっていました。でも、危険予知の力でアザレアの危険を感じた時のみ、意識を彼女の元へ飛ばしていました。き、着替えだとか、そういうことは覗かないようにしていたので……し、信じてください」
「信じますので落ち着いてください」
(サフタール様は、アザレアが辛いめに遭ってる場面ばかり目の当たりにしてきたのね……)
サフタールが少し異常なまでにアザレアに気を使うのも、彼女の辛い日常に触れていたからだろう。
(サフタール様は本当に優しい方なのね……)
相手の不幸な境遇を知っても、世の中優しくする人間ばかりではない。虐げられている人間に何をしても咎められないだろうと考え、さらに迫害を加える人間だって珍しくない。
特にサフタールはアザレアの婚約者で、彼女に好意を持っている。無理やりアザレアへ迫ったとしても、問題はないのだ。それなのに、サフタールはアザレアの想いを第一に考えている。
「アザレアに正直に話したほうがいいでしょうか……。公国時代の生活をこっそり覗いていたことを」
「いずれは話したほうがいいでしょうけれど、二人きりじゃない時の方がいいかもしれませんね。私も立ち会います」
「ありがとうございます、ゾラ殿」
サフタールが何でも馬鹿正直に話しては、アザレアに余計な誤解を与えかねない。ゾラは真実を話す時は自分も立ち会うと申し出た。
ゾラは、アザレアに幸せな家庭を持って欲しいと願っている。そして、アザレアを支えるのはサフタールが相応しいとも思っている。
サフタールは少々実直すぎるが、さんざん傷ついてきたアザレアには、これぐらい真面目で優しい男の方が良いと考えていた。
(それに、サフタール様は美男子ですしね)
シンプルな白シャツに黒いズボンという簡素な格好でも、品の良い顔立ちと均整の取れた体つきをしているからか、ものすごく様になっている。きっと社交界では令嬢達を騒がせているに違いない。
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