第18話 恋愛相談
「ご相談とは何でしょうか? サフタール様」
一方その頃。イルダフネの城塞では、客室にてゾラとサフタールは向かい合って話をしていた。
アザレアは湯殿へ行っており、不在であった。
「……今日で、アザレアとゾラ殿がこちらへいらっしゃってから一週間になります」
「もうそんなになるのですね」
(早いものだわ……)
ゾラは元々、アザレアの魔法の教師で侍女ではなかった。だが、アザレアが王国のイルダフネ侯爵家へ嫁ぐことになり、彼女についていくために侍女となったのだ。
しかし、ゾラはイルダフネに来てからも侍女の仕事はしていない。アザレアは一人で何でも出来るうえに、彼女には部屋付きの使用人がいた。ゾラがアザレアの世話をする必要はなかったのである。
ではゾラがイルダフネで何をしているのかと言えば、彼女はサフタールの母リーラに気に入られ、「アザレアちゃんの魔法の教師をしていたの? イルダフネでも教鞭を取ってみない?」と言われ、城塞内にある魔法学校で教えるべく、今は同じく城塞内に存在する書院で資料づくりをしていた。
ゾラはゾラで、イルダフネで生きる道を見出していたのである。
ゾラがアザレアの側にいなかったのは、彼女にも別の要件があったからだ。もちろん、アザレアとサフタールを二人きりにする意図もあったが。
「ゾラ殿、あなたから見て……その、アザレアは私のことをどう想っていると思われますか?」
サフタールはテーブルの上で手を組み、薄紫色の瞳を揺らしている。すべらかな頬にはほんのり赤みが差していた。
「なるほど、恋愛相談ですか」
「うっ、あ、はい……!」
ばっさりと言い切ってしまうゾラに、サフタールの頬はますます赤くなった。
「ゾラ殿は気がついているかと思いますが、私はアザレアに想いを寄せています。出来れば三ヶ月後の結婚式までに彼女と恋仲になれれば、と思っていまして……。あっ、あのっ! も、もちろん、無理強いはしませんが……!」
「端的に言えば、アザレアはあなたに好感を抱いていると思いますよ」
「そ、そうですか。良かった……」
「でも」
「で、でも……?」
「それが恋や愛かどうかは分かりません」
ゾラの言葉にサフタールは「そうですか……」と背を丸める。
(妙ね……)
ゾラはサフタールに違和感を覚える。サフタールは一週間前にアザレアと出会い、恋に落ちた。だが、彼の反応は最近アザレアに恋したものだとは思えなかったのだ。どこか、熟成しきったものを感じる。
(サフタール様はイルダフネ家の次期当主とはいえ、まだ二十歳……。一週間前にアザレアと出会い一目惚れしたのなら、もっとこう若さに突き動かされて、性急に行動すると思うのよね)
サフタールは、かなりアザレアのことを考えて行動しているように見える。元々サフタールは細やかな気遣いが出来る人なのかもしれないが、それにしてもアザレアのことを思いやっている。まるでアザレアの事情をすべて知っているかのようだ。
(……もしかしたら、サフタール様は過去にどこかでアザレアと会っているのかもしれないわね)
子どもの頃にアザレアと出会い、ずっと心に彼女の存在があった。そう仮定するとしっくりくるような気がする。だが、公国時代のアザレアは秘された存在だった。他国の人間であるサフタールと出会うのは難しいとも思う。
「サフタール様、もしかして……。過去にアザレアと会ったことがありますか?」
「……どうしてそう思われるのですか?」
ゾラの質問に、赤かったサフタールの顔色がさっと変わった。
(図星ね)
「なんとなくです。妙にアザレアのことを知っているなと思いまして」
「この結婚が決まった時に、アザレアのことを調べさせて頂きました。あまり、良い気持ちはしませんよね……」
「婚約者の身辺を調べるのは当然のことかと」
サフタールの反応から、ただの身辺調査以上のことをしていたのではないかとゾラは推測する。
ゾラは向かい合うサフタールの姿を、あらためて注意深く見つめた。
(あら?)
ふいに、ゾラはあることに気がつく。
(サフタール様の胸元にあるネックレス……)
丸い銀色のペンダントトップがついた、よくあるデザインの物だ。ブルクハルト王国の魔道士は、自分の個人情報が刻まれたペンダントトップを首から下げる習慣がある。軍でいうところのドッグダグのようなものだ。
サフタールもよく領内の見回りに出ている。もしもの時に備えて個人が判別出来るものを首から下げていてもおかしくないとは思うが、問題はそのペンダントトップから発せられている魔力だ。
(アザレアと同じ魔力を感じる……?)
強く意識をしてやっと分かるレベルだが、サフタールのペンダントトップからアザレアのものらしき魔力を感じた。
(どうして、サフタール様のペンダントトップからアザレアの魔力が?)
アザレアとは毎日のように会話をしているが、サフタールに自分の魔力が含まれた何かを渡したような話は一切聞いていない。
「サフタール様、変なことを言ってもよいでしょうか?」
「変なこと……?」
「あなたの首元から、アザレアの魔力を感じるのです」
サフタールの薄紫色の瞳が大きく見開かれる。
聞かれたくないことを聞かれてしまったと、彼のその秀麗な顔には書いてあった。
サフタールは整った口元を引き結ぶと、その場で頭を下げ出した。
「……申し訳ございません、ゾラ殿」
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