第5話 歓迎
エントランスで挨拶を行った後、アザレアとゾラは客室に案内された。
リビングと寝室が二間続きになったその部屋は広々としており、壁紙と床材も真新しい。白を基調としたその部屋は明るく、清潔感があった。花瓶には瑞々しい花が活けられている。
アザレアは公国で、何年も改修が入っていないような古い部屋で生活していた。
今まで暮らしていた部屋との違いに、アザレアは驚きのあまり固まってしまった。
サフタールに促され、さらに壁一面に設置されたクローゼットを開けると、すでにアザレアが着るための衣装が用意されていた。色とりどりのドレスや部屋着、外出着の数々に、アザレアは言葉を失った。
(ここまでして貰えるなんて……)
「アザレア様とゾラ殿の部屋は、先にご用意しようかとも思ったのですが……。今後長く使うことを考えたらお二人の意向を聞いたほうが良いと思いまして」
アザレアとゾラの部屋の場所は四ヶ所候補があり、内装を含めどうしたいか意見を聞かせてほしいとサフタールは言う。
サフタールはいつのまにかこの城塞の間取り図を手に持っていた。
自室の場所が選べると聞き、手を叩いて喜んだのはゾラだ。
「良かったわね、アザレア。いたせり尽せりじゃない!」
「もう、ゾラったら。……サフタール様のお部屋はどちらなのですか?」
(夫婦は同じ寝室を使うはず……。なら、サフタール様のお部屋の近くがいいわよね)
イルダフネの城塞はかなり広い。もしかしたら公国の城よりも。
サフタールの部屋から遠い場所に自室を作っては、夜間に夫婦の寝室へ通うのが大変になってしまう。
アザレアは間取り図に視線を落とす。
「私は城門前にある一室でいつも寝泊まりをしております」
「城門前、ですか?」
「はい。城下で何かあれば、すぐに駆けつけられるようにしているのです」
サフタールは領民を護るという意識の強い次期領主であった。イルダフネ領は魔石発掘を生業とした土地で、世界中から職を求めて色々な国の人間がやってくる。また、魔石の多い場所は魔物と呼ばれる異形が発生しやすい。
人と魔物が集まる場所にトラブルはつきもので、サフタールは毎日のように城下へ出ていくらしい。
サフタールの苦労が窺い知れた。
「大変ですね」
「はは、もっと城下の治安をよく出来れば良いのですが……」
「では、私も城門前で生活します」
苦笑いを浮かべるサフタールに、アザレアは自分も城門前にいると申し出た。
「私の魔法で何かお役に立てないでしょうか?」
アザレアは賊に襲われかけた時のことを思い浮かべる。魔法があれば戦える。サフタールの役に立てるのではないかと考えた。
「アザレア様の魔法はすごいと思いましたが……しかし……」
サフタールは眉尻を下げる。結婚相手に危険な真似はさせられないと考えているのだろうか。
すぐにゾラが助け舟を出してくれた。
「サフタール様、この子に『やりがい』を与えては貰えませんか? ずっと魔法の勉強を続けているのに、今まで役立てる機会に恵まれなかったのです」
「ゾラ殿……。分かりました。アザレア様、頼りにさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい!」
これからは実戦で魔法が使えるかもしれない。
そう思うと、今までにないほどワクワクした。
◆
(私、イルダフネに来て良かった)
夜。ふかふかのベッドに横になりながらアザレアは今日あった出来事を思い返す。
あれから食堂で歓迎会が催され、温かで美味しい料理に舌鼓を打ちながら、サフタールは今後の予定について話してくれた。
結婚式は三ヶ月後。それまでにアザレアやゾラが使う部屋の改修や、ドレスや指輪を用意したりとやることは目白押しらしい。
リーラはとても張り切っていて、アザレアを世界一の花嫁にすると拳を突き上げて高らかに宣言していたほどだ。
(楽しかったわ……)
あんなに大勢の人間と食事をするのは生まれて初めてだった。大勢と言っても、サフタールとその両親、自分とゾラの五人だけだが。
ゾラは最初自分は侍女だからと歓迎会の参加を遠慮していたのだが、サフタールはぜひにと誘ってくれたのだ。
笑顔が絶えない賑やかな歓迎会だった。酔っ払ってしまったリーラとゾラがいきなり肩を組んで王国の有名歌を歌い出したので、アザレアは手拍子で参加した。
陽気に歌う二人の隣りでサフタールはずっとおろおろしており、その正面でツェーザルは満足そうな顔をして悠然と大きなワイングラスを回していた。
これが家族の
アザレアは十八年生きてきて、間違いなく今日が一番楽しいと思った。
賊に襲われかけた時はどうなることかと思ったが……。駆けつけてくれたサフタールには感謝してもしきれないが、一つ気になることがあった。
(……思えば、どうしてサフタール様はあの時間帯に港にいらっしゃったのかしら?)
グレンダン公国の戦船は夕刻に着く予定になっており、昼前にサフタールが駆けつけたのは不自然だ。
(サフタール様はよく城下の見回りをしていると仰っていたし、たまたま朝から港にいたのかしら……?)
朝になったら聞いてみよう。
瞼が重くなってきたアザレアは、そう考えながら目を閉じた。
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