第4話 新しい家族

 (この人達は……?)


 賊に襲われそうになっていたアザレアとゾラ。

 アザレアが決死の思いで炎の魔法を唱えると、黒髪の若い男と鎧を着た大きな男がやってきた。

 彼ら二人は次々に賊を縄で縛りあげていく。

 騒ぎを聞きつけ、港の詰所らしきところから兵が出てくる。

 賊は五人。捕縛された彼らは兵達に引っ張られていった。


「お怪我はありませんか?」


 黒髪の男は額の汗を手の甲で拭うと、柔らかな口調でそう尋ねてきた。


「はい……。助けて頂いてありがとうございます」


 彼は港を護る自警団の人間だろうか。他の兵とは装いが違う。

 だが、市井の人間にしては妙に身なりが良いような気がする。腰に下げている剣も騎士が持っていそうな立派なものだ。それに、魔法を使っていた。


「若様! 馬車の用意が出来ました!」

「ありがとう、ブランダ」


 (……若?)


 鎧の男は黒髪の男を「若様」と呼んだ。

 では、この人は。


「あなたはもしかして……」


 アザレアが声を掛けると、黒髪の男はハッとしたように振り向いた。


「申し訳ありません、名乗るのが遅くなってしまって。私はサフタール・フォン・イルダフネ。……あなたの家族となる者です。アザレア様」


 黒髪の男は名を名乗ると、胸の前に腕をやり、恭しく腰を折った。


 (この方が……)


 サフタールは魔法の造詣に深い人物だと聞き、アザレアは無意識に小柄でほっそりとした男性を想像していた。グレンダン公国にある魔法研究所で働く人間達は、華奢な男性が多かったからだ。

 だが、サフタールは華奢どころか騎士のように立派な体躯をしている。背はすらりと高く、手脚が長い。胸板も厚い。

 癖のない黒髪は短く整えられていて、爽やかな印象だ。


 (魔法を使う人っぽくない方だわ)


 そう思いながら、アザレアは旅用のごわついたドレスの裾を摘むと、淑女の挨拶あいさつをした。


「初めまして、サフタール様。私はアザレア・エトムント・グレンダン。エトムント公が次女です。こちらは私の侍女のゾラです」

「ゾラと申します。アザレアの魔法の教師兼侍女をしております。一応、ブルクハルト王国の出身ですわ」

「アザレア様、ゾラ殿、これからよろしくお願い致します」


 賊に襲われかけたところを助けられるという、何とも慌ただしい顔合わせとなってしまった。

 だが、不幸中の幸いというか、本来ならぎこちない雰囲気になりがちな顔合わせだが、共に魔法を使って賊を捕まえたことにより、空気が温まった。


「アザレア様の魔法はすごいですね! 城へ着いたら、どのような原理なのかぜひお聞かせください」

「そんな、サフタール様の魔法の方がすごいです。人の動きを止めてしまうなんて……」


 魔法を使う人間は探究心が旺盛だ。アザレアも、サフタールが使った魔法に興味津々だった。

 和気藹々わきあいあいとしながら馬車へ向かう二人に、ゾラは笑顔でこう言った。

 

「あらあら、二人ともいきなり仲良しね」

「アザレア様、これから家族として仲良くして頂けたら嬉しいです」


 爽やかな笑顔を浮かべるサフタールに、アザレアは頬を赤く染めながら頷く。


「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします……」


 (優しそうな方で良かった……)


 評判どおりの人物だと思った。見るからに誠実そうで、人当たりが良い。

 それにアザレアを見つめる目も、少しも嫌そうではなかった。

 人を下に見る目線というものは、どれだけ取り繕っていても分かるものだ。

 何故なら、アザレアはこの髪のせいで生まれた時からずっとあざけりを受けてきているからだ。


 アザレアはこの婚姻をきっかけに、重苦しかった自分の人生を変えたいと思っていた。だが、夫となるサフタールがストメリナのように自分を迫害する人物なら、その願いは叶わない。


 (……まず、サフタール様は大丈夫そうね)


 サフタールはアザレアの顔を知っていた。事前にこちらのことを調べていたのだろう。きっと、不義の子であるという噂も知っているに違いない。それでも優しく接してくれたのだ。

 安心しても、いいかもしれない。

 そうアザレアは思った。


 ◆


「サフタール様は馬車に乗られないのですか?」

「ええ、私も馬車の警護に加わります」


 私設兵長のブランダが用意した馬車は、四頭馬車で立派なものだった。それに騎馬兵が十人とブランダ、サフタールが護衛につく。


「我が家の馬車は揺れないと評判です。どうぞゆっくりお寛ぎくださいね」


 サフタールは穏やかな口調でそう言うと、馬車の扉を閉じた。地面を踏みしめる、彼の足音が遠ざかっていく。


「……ねえ、アザレア。サフタール様が美男子で良かったわね」


 馬車の扉を見つめたままでいたアザレアに、ゾラは声をかける。


「びなんし?」

「あら、アザレアの好みではなかった?」

「よく、分からないわ」


 アザレアは困った顔をして首を横に振る。

 サフタールは騎士のような体格をしていて、清潔感があると思ったが、それだけだ。

 アザレアは結婚相手に対し、外見は求めていなかった。自分の朱い髪を嫌がらず、冷たい態度を取らない相手ならそれで充分だと思っている。

 もう嫌がらせなどされたくないのだ。

 「汚い」「穢らわしい」と罵られるのはもううんざりだ。


「……それよりもサフタール様に気に入られるようにしないと。ゾラの立場も悪くなってしまうわ」

「そんなに気負わなくてもよくない? サフタール様、多分もうアザレアのことが好きになりかけていると思うわ」

「……ありがとう、ゾラ」


 明るく励ましてくれるゾラに、アザレアは口元にだけ笑みを浮かべる。


 (もう……。人に嫌がられる生活はしたくない)


 人の悪意に怯える生活はもうたくさんだった。


 ◆


 馬車に揺られ、辿り着いたのは堅牢な城塞だった。過去一度も破られたことがないという城壁は途方もなく高い。はね橋が降ろされ、その上を馬車が通っていく。


「まあまあ! ようこそ、アザレアちゃん!」


 エントランスへ入ると、金髪の女性に出迎えられた。いきなりちゃん付けで呼ばれたアザレアは、驚きながら隣にいたサフタールを見上げる。

 サフタールは困った顔をしていた。


「……いきなり申し訳ありません。母のリーラです」

「お母様……?」

「サフタールの母のリーラです。娘が欲しかったから嬉しいわ!」


 リーラはサフタールの母親とは思えないほど若々しい女性だった。頭の後ろでシニヨンにした金髪は光り輝いており、真っ白な肌には張りがある。サーモンピンクのドレスを着こなしていた。

 サフタールは養子でこの親子に血の繋がりはないことは分かっているが、それでも驚いてしまう。


 (リーラ様、おいくつなのかしら?)


 サフタールの姉だと言われたら信じてしまいそうだ。


「母さん、アザレアさんが驚いているじゃないか。私はイルダフネ家当主、ツェーザルだ。よろしくな、アザレアさん」

「あ、アザレアです! よろしくお願い致します!」


 リーラの背後から、赤茶色の口髭を蓄えた中年の男性がのっそりとやってきた。領主の証である毛皮付きの外套を纏っている。見上げるほどの長身で、私設兵団の長だというブランダにひけを取らないほど筋骨隆々だった。


 (ブルクハルト王国の男性は皆大きいのかしら?)


 サフタールもだが、私設兵の男達も皆長身だ。

 アザレアは自分が小人になったようだと思う。


 イルダフネ家の中心となる人物達がエントランスに集まる。

 アザレアは改めて挨拶をした。


「アザレア・エトムント・グレンダンと申します。この度はイルダフネ家という名家に迎えて頂き、光栄に思っております。イルダフネの名に恥じぬよう精進して参りますので、皆様どうぞよろしくお願い致します」


 アザレアはグレンダン公国の姫であったが、不義の子という疑惑があり、ほとんど自室にこもりきりの生活をしていた。社交の場に出ることはほぼなく、人前で挨拶をしたことはない。

 今までにないほど緊張しながら、挨拶を行なった。


「あらぁ、そんなに硬くならなくてもいいのよ? 名家って言っても、この家にイルダフネ家の直系の人間は一人もいないわ。みーんな血の上では他人よ。仲は良いけどね」


 リーラは明るく笑いながら言う。


「母さんの言う通りだ。一応長く続いている侯爵家ではあるが、堅苦しいものは一切ない。アザレアさんも気楽にやってくれ」

「あ、ありがとうございます……!」


 サフタールの両親に温かく迎えられたアザレアは、胸がいっぱいになりながら頭を垂れる。

 自分に向けられる柔らかな視線と温かい言葉に、自然と目に涙が溜まる。

 そこに悪意は一切感じられない。

 

「良かったわね、アザレア」


 ゾラが、後ろからぽんとアザレアの背を軽く叩く。

 アザレアは涙を堪えながら、こくりと頷いた。


「アザレア様、ゾラ殿、イルダフネ家はあなた方を歓迎致します。何かあれば……いえ、何もなくとも、遠慮なく皆を頼ってくださいね」


 サフタールも、アザレアとゾラにそう声をかける。

 嬉しい言葉の数々に、アザレアは鼻の奥がツンと痛むのを感じた。

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