第3話 一息つけると思いきや
「……ふう、やっと一息つけそうね、アザレア」
二人が朝食を食べ終えた二時間後、戦船は無事イルダフネ港へと辿り着く。港に降り立ったゾラは背中を反らせて伸びをする。
時間帯的にもう朝市が終わっているのだろう。港に人の姿はほとんどなく、閑散としている。
桟橋にいるのは、外出用のドレスを着たアザレアと、黒いローブ姿のゾラの二人だけ。
アザレアのドレスはドレスと言っても、ごわついた灰色の布地で作ったもので、公女が着るには些か質素な装いだ。
「やはり、迎えはまだみたいね……」
アザレアは左右を見渡すも、それらしき一団はいないようだ。
(護衛達を帰すの、早かったかしら……)
今日の夕刻にイルダフネ家の私設兵団がアザレア達を迎えに来ることになっており、グレンダン公国の兵はアザレア達を引渡し次第、国へ帰還する予定になっていた。
兵達は迎えの時刻まで港に滞在し、アザレア達の警護をすると申し出てくれたが、巨大な軍船が長い時間いたら他の船の邪魔になってしまう。
アザレアは軍船ごと、兵を国へ帰した。
「アザレア、不安なの? 大丈夫よ! 私は攻撃魔法が得意ですから。何がやってきても守ってあげるわ」
ゾラは魔法を使って戦う「魔道士」と呼ばれる存在だ。この黒いローブも魔道士が好んでよく着ているもので、耐火・耐水に優れている。
「……ありがとう、ゾラ。いざとなったら私も戦います」
僅かな荷物だけを持って、二人は桟橋を歩く。
天気が良く、空には雲ひとつない。
アザレアが生まれ育ったグレンダン公国は、年中厚い雲に覆われている土地で、雨が多い。この青空だけでも別の国に来たのだと感じられる。
「太陽ってこんなに眩しいのね……」
「公国は曇りの日の方が多いものねえ」
しばらく二人で歩いていると、遠くに見慣れぬ集団がいるのに気がつく。剣や弓などの武器を持っているようだ。一瞬、イルダフネ家の迎えかと思ったが、どうも様子がおかしい。皆バラバラの格好をしていて、妙に薄汚い。頭にバンダナを巻いていて、ところどころ擦り切れた服を着ている。
城の外にほとんど出たことがないアザレアでも、彼らが何者なのかがすぐに分かった。
(
「アザレア、下がって」
ゾラも異変に気がついていた。アザレアの前に立つと、杖を構えた。
警戒する二人に、集団の頭らしき男が声をかけてきた。
「そのぼかしたような
男の鋭い眼光に怯みそうになるが、アザレアは声を絞り出す。
「……あなたは?」
「名乗るほどのモンじゃねえ。ある人に頼まれてな。あんたを攫うように言われたんだ。……死にたくなけりゃおとなしくするんだな」
妙にタイミングが良いと思った。戦船が見えなくなったところで姿を現すなんて。
(……ストメリナの手先だわ)
ストメリナの息が掛かった者だとしか思えない。
アザレアは奥歯を噛み締める。
ブルクハルト王国へ行けば、ストメリナの迫害から逃れられると思っていたのに。
(戦うしか、ない……!)
アザレアは胸の前で手を組むと、魔法のスペルを唱えた。
「
◆
「若様、グレンダン公国の戦船の到着予定は夕刻です。今は昼前ですよ? 港へ行っても待ちぼうけを食うだけでは?」
「そう思うならお前は城塞で待っていろ、ブランダ私設兵長」
「いえ、私もお供させて頂きますよ! 若様!」
戦支度を終えた黒髪の青年は、栗毛の馬に跨ると走り出した。
その後ろを鎧を着込んだ筋骨隆々の男が、同じく馬に乗って追った。
この黒髪の青年の名はサフタール。イルダフネ侯爵家の次期当主だ。
(嫌な予感がする……!)
サフタールは五歳まで医法院で暮らしていたが、魔法の腕と魔力の高さを見込まれ、イルダフネ侯爵家の養子となった。イルダフネ侯爵家は国防を担う家で、魔法の才がある者が代々当主となってきた。
彼には魔法の才以外にも特殊な力がある。
それは、危険予知だ。
サフタールの脳内には、朱い髪をした女性と、黒髪の女性が賊達に囲まれている光景が映し出される。彼女達の背後は海だった。
護衛の兵の姿は見当たらない。戦船もだ。
(アザレア様は不義の子と言われ、虐げられていた……。輿入れの道中に護衛すら付けて貰えなかったのか)
怒りが湧きそうになるが、今は冷静にならなくてはいけない。自分の脳内に映し出された光景は、ごく近い未来のもの。今から港へ走ればアザレアを助け出せるかもしれない。
(やっと、アザレア様を救えるチャンスが巡ってきたというのに。失ってたまるか……!)
サフタールは手綱を握る手に力を込めた。
馬を走らせてから一時間後。
サフタールと私設兵長ブランダはイルダフネ港へと辿り着く。
桟橋の方を見る。そこには武装した男達数人と女性が二人いた。
「その人達に手を出すな!」
サフタールは叫ぶと、馬から下り、腰に下げていた剣を抜く。
武装した男達は一斉にこちらを振り向いた。全身は薄汚れており、頭にはバンダナを巻いている。擦り切れた衣服といい、定職についているとは思えない装いだ。やはり賊に間違いないだろう。
サフタールが賊の集団へ向かっていこうとした、その時だった。
賊達の足元から、突如炎が上がったのだ。
「
女性の勇ましい声が聞こえる。
それは紛れもなく、魔法だった。
突然現れた炎に賊の集団は一気に混乱に陥る。
「くそっ! 魔法を使うなんて聞いてねえ! ずらかるぞ!」
頭目らしき男が、火の粉を振り払おうと必死に腕を振っている。
その隙にサフタールも魔法のスペルを唱えた。
「
サフタールが叫ぶと、賊の集団はその場から動けなくなった。賊達の身体は薄紫色の光に包まれる。
「ブランダ、こいつらを捕らえてくれ!」
「はっ、若様!」
ブランダが縄を構える頃には火の気は落ち着いており、賊の集団は難なく捕えられた。
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