夜景

クヨミ

夜景に捨てて

とある建物の屋上。私だけの秘密の場所。そこからは見下ろす街も、見上げる月や星も、私が日々神経をすり減らしながら惰性で生きている世界と同じとは到底思えないほど綺麗に映った。だから私はここにいる時間が大好きだった。どんなに冷たく汚い世界でも、ここから見れば美しく見えたから。


ある日の夜、私、江崎香織はいつも住んでいるマンションの屋上に上がっていつものように夜景を眺めようとしていた。


9月にもなり夜の風は私から一気に体温を奪っていく。


「は〜やっぱり寒い、けど、ココアとか温かいもの持ってきて正解だったな〜」


屋上には少しだけくつろげるようなスペースを自分で作っておりそこで私は屋上から見える夜景や星を眺めるのが日々の習慣になっていた。


夜で冷え込む中向かっていると、私しかこの場所を知らないのになぜか人影が見えた。


よくみてみると同じくらいの年の望遠鏡を覗き込んでいる少年だった。


「誰だろう?いつもはいないのに」


その少年は私が後ろから近づいてくることも気づかすにレンズを覗き込んでいた。


それの表情はまるで私が見ている星空のように輝いていた。

私は少し気になってその少年に声をかける。


「ねえ、君、何してるの?」


少年は呼びかけに気づきビクッと驚いた様子で振り返った。


「だっ誰ですか?」

少し警戒している様子でじっと見つめてくる。


「私は、江崎香織、夜はいつもここにくるけど君は?」


「僕は今日引っ越してきて古後優希って言っています」


「あ〜もしかして四階に越してきてた人かな、よろしくね」

私の部屋は四階にあり引っ越して来た時いてピンと来た。

「あっはい、四階に引っ越してきました。こちらこそよろしくお願いします」


古後君はずっと話している時も望遠鏡を大事そうにしていた。

よくみると望遠鏡は丁寧に扱われており傷もあまりないように見えた。

「ねえ、望遠鏡を持ってるってことなら星が好きなの?」


「はい!星が好きなんですよ、

最近はペルセウス流星群も見れるみたいで

星は望遠鏡とカメラさえあれば写真か動画が鮮明に撮れるなと思って持ってきてるんですよ」


私が星のことを聞くととても早口になって答えてくれた。


「すみません、こんなに喋ってしまって」


「いいよ、いいよ私もね、星というか夜が好きなんだ、でも、

こんなに星が好きな人にあったのは初めてだな」


私もいつもの場所に座り星を見ながら持ってきたココアをカップに注いだ。

ココアを飲みながら夜空を眺めていると古後君はまた望遠鏡を覗き始めた。

それを見ていると、話していた時よりもっと真剣な表情で何かを探しているようだった。

「ねえ、何探してるの」


「今は、月を詳しく見ようと思ってちょうど見やすいと知っていたので」


「へ〜」

確かに今日はいつもよりも雲が少なく月も丸みを帯びているように見える。


その時、冷たい風が吹き、古後君は大きなくしゃみをしてちょっと震えていた。


「大丈夫?寒くない?」


「ちょっと寒いですね、でもコートとか持ってきているので」


そう言ってちょっと厚いコートを羽織った。

しかし風にずっと当たっていたせいかちょっと震えていた。

「ねえ、それでも寒そうだから、ココア飲む?」


「いいんですか?」


「いいの、いいの」

私はコップに入っていたココアを飲んで新しくついで渡した。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


古後君は湯気の立っているココアを飲むと「熱っ!」と舌を火傷してしまっていた。


「大丈夫?!」

「すみません、僕、猫舌なんですよ」



そう言って古後君はココアに息を吹きかけたり、冷たい風に当てて冷まそうとしていた。

「でも、そんなに冷ましたら暖まらなくなっちゃうよ」


「あっ!それも、、そうですね」

そしてちょっと冷めたココアを飲んで古後君はまた望遠鏡を覗き始めた。

すると、見惚れるようにレンズを見始めた。

「江崎さん、ピントが合いましたよ」

「えっ!見せてよ」

そう言って私も覗き込むと月の表面のクレーターまではっきりと見えていた。

「すごい、、」

私は感覚はなかったが言葉が漏れていた。

私も月はいつも見ているがここまで綺麗に見えることはなく見惚れてしまった。


月の影まで写っていてまるで近くから見ているようだった。

私も見惚れて感想を言おうとレンズから目を離すと古後君から質問を投げかけられた。


「江崎さんはなんで星が好きなんですか?」

私は急な質問にちょっと驚いてしまった。

「急な質問だね〜」

「す、すみません、会話が苦手なもので」


「いいの、いいの、私も苦手だから」


私は星を見ながら話すことにした。


「私はね、星が好きというか夜が好きなんだよね」


「そうなんですか」


「古後君、悪いけどちょっと私の独り言の愚痴を聞いてくれないか」

初対面の人の愚痴を話すのもどうかしてると自分でも思うのだが、

なぜか古後君には話していい気がした。

私はこの発言をして少し後悔したが古後君はそれを受け止めてくれた。

「いいですよ、僕でよければ吐いてください」

私はそれを聞いて自分に起こった出来事を溜まっていたかのように吐き出した。


「私ね、今通ってる高校でいじめを受けててねそれで先生たちも知らないふりをしてもうどうすることもできなくなってたんだ。だけど、ここにきて景色を見ていると、散々な日々を忘れられる気がして、それからいつも暇な時はここにきて星を見るようになったの」


話し終えると古後君はちょっと戸惑っていると言うかなんとも言えない顔をしていた。


「ちょっと思っていたよりも酷いですね」


「でしょ」


「だから、ここにきて、現実から目を背けてるってわけ」


私が一通り話し終えると何かを決めたような顔つきで私に近寄ってきた。


「もうすぐ、流星群が見れるので一緒にみませんか?

その時に一緒に愚痴も吐いちゃいましょうよ」


「えっ?」


「一人で吐き出すより、人に吐き出した方がスッキリしますよ」


「古後君はそれでいいの?」


「はい、せっかく知り合ったんですから、僕にもできるならですが手伝わせてください」


私は急に言われて戸惑っていたがなぜか笑いが込み上げてきた。

「なっ、なんで笑うんですか!?」


「いや、愛の告白みたいで」


そう言うと古後君も顔を赤らめてしまった。

「うん、じゃあ、これからよろしくね、古後君」


「はい、現実から目を背けるのを手伝いますよ〜」


「なんか、赤の他人が聞いたらヤバいやつって思われてそう」


こうして、私と星が好きな古後君との現実から目を背ける関係が始まった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜景 クヨミ @kuyomitadasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ