第6話 ブレイクタイム

「艦長居室はこちらになります。お休みの間は私が引き継ぎますのでご心配なく。」


 道案内してくれた彼は、てんが目覚めた直後に一番最初に話した人物。

ウィンネスが言うには、オースバンドには解析や情報保存の機能もあるらしく、知りたいモノに向けて念じればそれが取得可能な情報だった場合は解析表示、すでに保存されている内容ならアーカイブの閲覧が可能だそうだ。


「うん、ありがとう……えと、デルさん」


 てんは表示された内容から、彼の名がナローアレイの副艦長、デルであると知る。


「うりんさんには一時的に執務室にて過ごしていただくことになりますが、すぐにお部屋を用意いたしますのでそれまでどうか辛抱のほどを」


「いえ!ぜんぜんどこでも!」


 両手をパタパタし、精一杯笑顔で答えるおやつ。


「じゃあまた、あとで」


 ウィンネスが言うには、色々と事情や都合が折り重なった関係上、この後半日は何も起こることがないと説明された。何故そうなるのか詳細は話せないが、その時間内は安全であるという情報を開示するのは許されたらしい。

 そして最初の神命である味方への合流、その指定地点までの航路設定はされていることもあり、余裕があるうちにまずは休息をとって落ち着いて、そして艦に慣れろとのこと。


「うん、また!」


 デルに連れられ、おやつが廊下を歩いていく。その背中を見送った後てんは部屋に入った。

照明がつく。見回してみると殺風景だが、必要な設備は整っている印象を受けた。

 小さめのソファーにテーブル、ベッド。それとは別にデスクと椅子があり、シャワーとトイレ、洗面台がある。


 そっとベッドに腰掛ける。見た目に反して柔らかい。お尻がマットレスに沈んでいく。

そのまま後ろに倒れ込むと心地良い衝撃が背中を包んだ。


(……とんでもないことになっちゃったな)


 目を閉じて、深く息を吐く。精神的に疲れが出ていたが、体の方はすこぶる調子が良さそう……そんな不思議な感覚がある。


(変なの……)


 翔はもともと虚弱体質だった。そこに流行病の後遺症が輪をかけるようにのしかかっていたため基本的に好調な日など殆ど無かった。だがてんの体はどこが痛いとか、どこがだるい、重い、そういったものは皆無で激しい運動も問題なさそう……というよりしてみたい。そう思える程に快調そうだ。


(急に健康になっちゃった)


 天井に片手を上げて手のひらを広げる。スーツと手袋に覆われていて地肌は見えないが、腕も手首も指も、細くてしなやかな印象。以前の自分より一回り小さい。

 ゆらゆらと手を動かし、それを眺めながら先程のことを思い起こす。


 あの後、ウィンネスが教えてくれた内容をまとめるとこうだ。


 勢力の乗り換えも自由意志で行うことは出来ない。場合によっては特定の状況下で一定の条件を満たすと可能だが、現状ないものと考えるしかない。


 神命には従わなければならない。ただし、神命自体は大まかな内容で下されるため、神命を達成するため、神命の内容に沿っているのであれば各自がそれぞれの裁量で創意工夫を持って対処することが許されている。

 逆に従わない者、未達成が長く続く者などは宣誓者の権利や力を剥奪され背教者に落とされてしまうこともあるらしい。


 なんにせよ、結局のところ選択の余地はないのだ。


 ——この世界で死んだら、どうなるの?


 ——死んだらどうなる? おかしなことを聞くのね……


 何度も何度も、頭の中でこの会話が反復してくる。


 ——死は死。終わりよ。その先はなんて無いし、私の知るところではないわ。


 てんはベッドの上のクッションを手繰り寄せ、胸に抱えて顔を埋める。


 死の恐怖だけではない。戦争をするのだ。つまり、相手を倒せば命を奪うことになる。

魔王の軍勢、侵略してきた宇宙人、極悪犯罪者集団、そんなのが相手ならまだ良かっただろう。

自分たちが戦わされる相手は、自分たちと同じ境遇の、ただの動画配信者。なにか悪いことをしたわけでもない普通の人達だ。


 精神状態が肉体に変調をもたらしたか、息が乱れ心音が大きくなり速度も上がっているような感覚がある。


(あ……)


 てんは視界に映る天井が、少しづつ大きく広がっていくのを見た。


(なんだ。発作か……)


 周囲の時間の流れが実際よりも早く感じてしまう。視界が歪みいろんなものが大きく見える。

実際には呼吸も心拍数も異常はなく、天井が動いていたりなんてことはない。


(これは治ってないんだ……)


 クッションを強く抱きしめて、落ち着くのを待つ。そうしているうちに、てんはゆっくり眠りに落ちてしまった。





-----





「動画配信?」


「そそ。最近お前外出れてないだろ?」


「まぁそうだけど、それと配信ってなんの関係が?」


 翔はヘッドセットから聞こえてくる友人の声に困惑する。


「まぁ今はこうして俺とゲームしてるわけだけどさ、休みの日とかどうしてんだ最近?」


「調子良ければ散歩くらいするよ……まぁだいたいゆっくりしてるけど」


「ゆっくりぃ?ゴロゴロしてゲームしてるだけじゃないのかね?」


「うるさいなぁ……勉強とかもしてる」


 会話に気を取られたせいで回避に失敗。して敵の攻撃を受けてしまう。


「あー、もう。余計なこと言うから死んじゃったじゃん」


「図星だからだろ」


 ゲーム音をかき消すくらいに笑っている。腹の立つことだ。


「最近さ、海琴みことも付き合い悪いだろ?最後に集まったのいつだっけ」


「ええと、高校に入ってすぐの頃だからひとつきちょいくらい前?」


「前はしょっちゅう顔合わせてたのになぁ」


「忙しいらしいし……じゃなくて、それと配信になんの関係があるの?」


 自分から話を振ってきたくせに脱線するなんて、と憤慨気味に指摘する。


「ああ!まぁその、なんだ、このまんまさ、一人の時間全部家の中でじっとしてるなんてぜってぇ良くないって。最近の翔ってさ、なんか前もそうだったんだけどいつにもましてふわっと消えちまいそうっていうかさ……」


「なにそれ、彦斗ひろとも海琴とおんなじこと言うんだ?」


「心配してんだって」


 画面の中では彦斗が操るキャラクターが翔のそれを助け起こす。


「んでさ、どうせゲームするんだったらさ、それ配信しようぜ。上手く行ったら交友関係とか活動の幅広がってさ、家にいてもいろんな人と遊べるんだぞ」


「素人が急にそんな事してもだーれも見ない。そんな甘くないよ」


「甘い声してるしくせに」


「やめて気持ち悪い」


「まぁとにかくさ、やんね?」


 しつこく食い下がってくる。


「いや、僕顔出しNGなんで」


 適当にそれっぽいことを言ってはぐらかそうとするが、彦斗は逃さなかった。


「お客さん!顔出しNG!?だったらうってつけのがあるんですよ!」


 熱の入った弁に思わず頬が緩んでしまう。


「ぷっ……もう、なにがあるの店員さん?」


「はは!俺絵が得意じゃん?だからさ——」





-----





 呼び出し音のような大きな音が室内に響いて、てんは目を覚ます。

 

 夢を見ていたようだ。友人の彦斗に、半ば無理やりVtuberを始めさせられた時のこと。

まぁ、今の状況と違って、やるのを最終的に選んだのは自分だが。


 体を起こすと照明がついてモニターが点灯した。


「ごめんね、寝てた?」


「ううん、大丈夫。どうかした?」


 モニターからがおやつの声。目を向けるとドアの向こうで深刻そうな顔をして立っているのが映し出されている。


「ちょっと聞きたいことが……」


「いいよ。開けるね」


 部屋の中におやつを招き入れると、ソファーに座らせた。なんだか落ち着きがなくもじもじしている。


「あのさ!てんちゃんは……もうシャワーとか浴びた?」


 ——なんのはなし?


「え?いやまだだけど……」


「そっか……じゃあ、その、あのね……」


 目が泳いでいる。何が聞きたいのだろうか、てんは目を細めておやつの表情を見つめる。


「と……といれ!トイレいった?」


 何を聞かれているんだろうか……、困惑気味だが言われて確かに自分にも尿意が感じられた。


「行ってないけど……あとで行こうかなとは」


 するとおやつが半泣きの顔で手をとって握ってくる。


「よかった!じゃあこの服どうやって脱ぐのかわかるんだ!?私ずっと我慢してて!船のひとにきいたけど全然作りが違うからわかんないって言われて……!」


 ——は?


 そう言われてみれば、この服、脱ぎ方がわからない。手袋もしたままだし、ベッドに横になるときもブーツがすぐに脱げず面倒になってそのままににしていた。

 突拍子も無いことの連続だったため、そもそもこれが服なのかどうかも怪しくなってきた。


「とりあえず下、下だけ開けられたらいいから!」


 おやつはてんの両肩を抑えるとソファに座らせる。そして眼前にお尻を近づける。


「どれ?どこ触れば取れるの?外して!」


「ちょちょちょちょちょ!!!!!」


 ぐいぐい近づいてくるので飛び上がって逃げる!


「だめだめ!僕に聞かないで!わかんないし!それに僕男だから!!!見せちゃだめ!!!!」


「ええ!? なに!? どこ!?」


 大きな声で静止してもおやつは言うことを聞かない。このままだと無理矢理にでも引きちぎりそうだ。


「ああもう!ウィンネス!!!!」


 こんなことで呼び出して、怒られたりしないだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る