第3話 ファーストコンタクト
配信をしながらゲームで遊んでいたのは確かだ。自宅の部屋にいたのも間違いない。
その後何かが起きて、気を失ったのだ。
それを踏まえて、状況を整理してみる。
まず体だ。男であるはずが女になっている。それもただ女性化したわけではなくVtuberとしての姿に。
感覚はあるのかと両手で頬を軽くぱちんと挟むように叩いてみる。強くやりすぎた。痛い。
今どこにいるのか?
宇宙空間が見える窓のある部屋で、手すりのついた金属製の椅子に座っている。椅子は回転するし、左右にはモニターがついた機械が置いてある。
周囲には他にも同じような設備があり、それぞれに人が座ってあれこれ操作している姿が見える。
ゲームの中でよく見た光景だ。配置や構造などはウールフェルト号とは違ったが、同系統の宇宙船の艦橋で間違いないだろう。
左前方の席の男性が、てんに指示を仰いでいる。
(この人は、見たことない顔だ)
ウールフェルト号の副艦長だったNPCとは髪色や顔つきがまるで違った。
となると、宇宙船ではあるがウールフェルト号ではない、ということなのだろう。
攻撃してきている敵が、モニターに映し出されている。
(これって……)
それにも見覚えがある。キャノピーのない角ばったボディの左右には武装ポッドのようなものが取り付けられている。機体側面から高方にかけて4つの偏向ノズルがあり、まるで脚のようにも見える.
(さっきのカニだ!)
痛みの感覚はあった。悪い夢だと思い込みたいが、そうではないのかもしれない。
ならば何をするのか、すぐに思いつく限りの指示を副艦長らしき男性に投げかける。
「状況報告、再度お願い!あと船のこと、艦種と…武器とか防御装備!
敵の数と敵についてわかってること、味方の有無、あと…ここがどこか!」
ここでまた気がついたことがある。自分の耳に聞こえる自身の声、これは以前と変わりなかった。
翔は元々女性的な声質だったため、てんの配信は特にボイスチェンジャーなど使用せずに地声で行っていた。
見た目は本来の自分と変わってしまったが、声だけは変わらない。
その一点だけがこの滅茶苦茶な状況の中で自分が自分であるという認識を強くしてくれた。
(僕はてんの姿に生まれ変わって、ゲームの世界にやってきた……?)
「本艦は巡洋艦ナローアレイ!現在所属不明、未確認の戦闘機に攻撃を受けています。総数6!
我々は孤立しており味方はいません!
武装は艦首MAG1門、3連装粒子砲3門、対艦ミサイル発射口6門、対空機銃6門!
防御兵装はクラス5エネルギーシールドとトライエフ発生機です!」
必要最低限の情報が入ってくる。
船の名前、ナローアレイ。やはりウールフェルト号ではなかった。
武装だけで判断するなら、MAGやミサイルベイがある分前の船より大型で強力だと予想できる。
連装砲も砲塔の数は変わらないがそれぞれが3連装となっている。モニターの図面を見ると艦上部ブリッジ前方に2門、後方に1門。下部にないのが惜しまれるが、以前の配置よりも使いやすそうだ。
シールドクラスも一つ上。トライエフというのは物理防御のためのフィールドを展開するためのものだ。これはどの船も当たり前のように装備しているものになる。
「あ、艦載機は!?」
「未搭載です!」
これは変わりなし。ならばやることは一つだ。
目視とレーダーを併用しつつ、敵戦闘機の動きを見る。モニターには敵の過去の攻撃ルートや予測される動きがいくつか表示されている。
敵機は3機づつ編隊を組んで、艦の周囲を飛行し、対空網が甘い位置を狙いそれぞれが逆方向から同時に強襲、艦に攻撃を加え、離脱していく。統率が取れた動きだが、悪く言えば単調で機械臭い。
「片方の編隊を追う形で攻撃機動をお願い!」
「了解!」
スラスターが稼働し艦が加速、3匹のカニの後を追いかけていく。
編隊は回避機動を開始し、もう一方はナローアレイの後方へ進路を変え追跡してくる。
「なんにも考えずに真後ろから来て…!」
砲撃手に指示しブリッジ後部の連装砲を旋回させる。
「撃って!」
三本のビームが発射され、後ろを追いすがってきたカニを薙ぎ払う。
編隊は回避のために散開したが、すぐに再集結しようとそれぞれがループの動きをする。
「減速!左旋回、連装砲全門で攻撃!」
指示通り、艦はスピードを緩め左に傾く。体勢を立て直し追いかけようとする敵が、艦の左舷方向に見える。
連装砲が3門とも敵に向けられ火を吹く。瞬く間に3匹のカニが光の玉になった。
「前方にいた編隊が大きく旋回!コース予測、艦後方が狙いだと予想されます」
「方向維持、艦の後部、指定ポイントにトライエフを戦闘濃度で展開して!」
艦の下部と側面両側に設置されているトライエフ発生機が稼働。
散布地点を中心に周辺が青く光りだす。可視化されたうねる力場、どんどん広がるそれはまるで海が現れたような不思議な光景だ。
この宇宙空間に漂う水のような流体フィールドは、実際液体のような性質を持っている。ここに突っ込むことは水面に飛び込むようなもの。
散布の際の濃度を調整することにより粘度や硬度をかなり広く設定できるため、緩衝の役目を果たしたり、物理攻撃に対する防壁として使用が可能だ。
ただ、その場に散布して展開する性質から移動している艦を包むようなシールド的運用はできない。
編隊の向きや動きを注視する。コンピューターの予測通り、大きく円を描いて旋回し艦後方へ向けて飛んでくる。そして進路上に展開されているトライエフを避けるように、機動が変化する。
すかさず予め予測していたコースに置き撃ちを行うと、敵編隊はあっけなく宇宙の塵となった。
「敵戦闘機、全機撃墜!」
まだ安心はできない。戦闘機がいるなら、それを送り出してきた敵艦がいるのではないか、
それとも周辺に敵の拠点でもあるのか、少ない情報から思いあぐねていると、ふと背後に気配を感じる。
振り返ると、真っ白なドレスを着た金髪の少女が立っていた。頭の上には光る何かが浮かんでいる。
「あなたに一人付けるわ」
「……え?」
少女は目も合わせず、全く要領を得ない一言だけ告げてくる。
するとてんの目の前で光の渦が現れる。
「ちょ……何?」
渦が収束し、光の粒が人の姿を象る。
発光が収まると、そこにはピンク色のポニーテールの女の子がこちらを向いて立っている。
「え? なになになに!?」
「えぇ……?」
お互い混乱して言葉が出ない。
「いちいち説明するの面倒だから、少し待ってなさい」
何が、と問いかける暇もなく金髪の少女はパッと消えてしまった。
「え?今の誰?」
「……僕も知らない」
ポニテ子は独り言だったようで、てんが答えると驚いたような表情でこっちを見る。
ぱくぱくと口を動かしている。なにか言いたげだが、考えがまとまらないのだろう。
「あれ?え、え、っていうかここど……ってなんぞこれぇえ!?」
ポニテ子は自身に変化があったらしく、それに気が付き一段と騒ぎ始める。
慌てふためく二人とは対照的に、艦の乗員は皆何事もなかったかのように平静を保っている。
「え、ちょっ……なにしたの!?」
「いや、僕もまだよくわか———」
「あれ?え?なに?私縮んでる!?」
まじまじと手のひらを見た後、顔を触って、そのまま手を下に滑らせ首、胸、脇腹を確かめた後は太ももに手を当て前かがみになる。どうやらまず身長が大きく変わってしまったようだ。
「あの、僕は……天ノ——…美那星てんといって、その……Vtuberなんだけど」
声をかけられハッとした表情で我に返るポニテ子。
そしててんに顔を向け食い入るように見つめだす。
「………」
「気が付いたら、その、なんていうか、見ての通りこんな姿になっちゃってて」
「………」
なんと説明したら良いか、うまく言えず困り顔のてん。
ポニテ子は目を輝かせて話し出す。
「あ!だからかぁ!めっちゃかわいいと思ったもん!ってことは私も?
ねぇねぇ、私はどんなふうに見える?」
そんな場合じゃないのに……と思いつつも勢いに押され、てんは相手の容姿を分析する。
服装は自分で見えているだろうし、それ以外の部分で伝えるよう努める。
「ええと、髪型はポニーテールで色はピンク、小顔で、身長もちっちゃめ?かな……Vtuber…だよね?」
「すごい!私おやつになってるんだ!なんで?なんで?」
テンションが爆上がり。どうやら彼女も、Vtuberの姿になってここにやってきたみたいだ。
てんはこの女の子の容姿と名前に覚えがある。
ゲームの中で、ステーションですれ違ったプレイヤーの一人だ。容姿が一致するし、コメントでおやつという名前が書き込まれているのも覚えている。
つまりSMOのプレイヤーで配信者。てんと条件が同じだ。
「あ、ゴメンね勝手に盛り上がっちゃって…私は…——うりん おやつ。
Vtuberやってる。」
ようやくここで自己紹介。どうもどうもと頭を下げ合う。
「ええと……スターマイス、遊んでたりしなかった?」
「うん、遊んでた。ここってまさか……」
「わかんないけど……ぽい」
わからないことだらけ。感覚だけの、中身がない会話になってしまう。
(この状況、僕だけじゃないんだ。まだ他にもいるのかな?)
「今からインスタンススペースの結合をするから、備えなさい」
「わっ!?」
いつのまにか真横に例の金髪少女。現れたことに全く気が付かなかった。
「いんすたんとすぷーん?」
ボケなのか、間の抜けた反応をおやつがするも金髪少女は無視して続ける。
「何かに捕まりなさい」
直後、艦が閃光に包まれ、高速で回転しているような感覚に襲われる。
「ちょ!ああぁああぁあ!」「きゃあぁあああ!!!」
光は収まり周囲の状況が落ち着く。
てんは椅子の上でぐったりしており、おやつは床で目を回している。
「起きなさい」
金髪少女が面倒そうに右手を上げると、二人の体が見えない力で無理やり引き起こされる。
他の乗員は慣れたものなのか、特に支障はないようだ。モニターを確認すると、周辺に2隻、友軍識別の艦の反応がある。
「まとめて説明するから、ちゃんと聞いてなさい」
挙げた右手をそのまま前に振る。白いドレスの袖がふわりと揺れると、大きなホロディスプレイが出現した。
『……なんだ!?』
『あ、もしもし?』
ビデオ通話のようだ。ディスプレイには表示されている人数は二人。
片方は見知らぬ男性。表示の下部に「HASHI-MOTTO《ハシモットー》」と表示されている。恐らくこれが彼の配信名なのだろう。そして、もうひとりは——
『!? てんちゃん! 大丈夫だった!?』
久納宮 せりなだった。
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