36.事故物件建築反対運動(前編)
◆
「うわ、これは凄いですね……」
「ああ」
東京の郊外、百坪ほどの広さの草が伸び放題になった土地に世界中の破壊された事故物件の残骸が乱雑に積み上がっていて、十メートルほどの塔のようになっていた。建築現場にすら見えない。ただの廃材置き場と言った有様だ。まだ全く手がつけられていないらしい。もしかしたら地元住民持ち込みのゴミも混ざっているのかもしれない。
「それにしても、ギメイさんは大丈夫でしょうか……」
「あの道場を離れられないっていうんだから、しょうがねぇが……こればっかりは祈るしかねぇな」
西原も悪霊の部類になってしまっているので、とりあえずは道場の床一面に塩や聖水をぶち撒けている。ところどころ盛塩が仕込んであるので、幸運にもそれを踏んでくれたらかなりのダメージを与えられる……だろう。問題があるとすれば、ギメイさん自身も今は幽霊であるため、塩や聖水にダメージを受けてしまうことだが……塩や聖水に諦めて西原が撤退してくれることを祈る他無い。
「じゃあ、早速やってみるか」
事故物件の残骸は除霊をしたのではなく、ただ破壊しただけといった風情で、まだべっとりと張り付いた怨嗟の念や邪気、時折悪霊がついているようなものまで見える。この厭な感じの材料で再び事故物件を築き上げれば……恐ろしいことになることは間違いない。
これまでは既に出来上がった事故物件と戦ってきたが……とうとう、事故物件を建築させないための戦いを行うことになるとは。
木材、コンクリート、ピラミッドに使われたのであろう巨大な石、藁人形、そういうものを片っ端から俵さんが拳で除霊し、私は塩をかけて地面ごと除霊して行く。俵さんから貰った指輪は痛みと除霊の二重攻撃を与える対生物武器の側面が強い。硬いものを殴ると手を痛めるので絵塩で除霊出来るなら塩のほうが良い、らしい。
「……やっぱり、来てましたか」
その時、道路の方から西原の声が聞こえてきた。
格好は普段と同じだけれど、その手には鎖を持ちずりずりとその先に繋がった棺桶を引き摺っている。コンタクトレンズ越しには相変わらずドス暗い靄のようなものがかかっている。
「その棺桶は……」
「ああ、安心して下さい……別にギメイさんの死体が入っている、なんてことは無いですから」
そう言って、西原が棺桶を開く……瞬間、じゃりという音が聞こえた。その中には細かく砕かれた無数の頭蓋骨が入っていた。
「……土葬する国では棺桶が人間の終の棲家なんでしょうけど、まあ日本国内ということで一応ご遺体の方は焼かせてもらってます。焼いたほうがいっぱい入りますしね……おわかりかと思いますが、この棺桶は事故物件であり……俺の武器です」
そう言って、棺桶を閉じた西原は鎖を用いて自身の頭上で棺桶を勢いよく回転させた。
遠心力を利用して凄まじい勢いで俵さんに向かって、棺桶が投擲される。
「棺桶をハンマーにしてんじゃねぇよ!」
俵さんは咄嗟に後ろに下がって棺桶を回避……出来なかった。
後ろに下がった分の距離だけ、西原が瞬間移動で前進し距離を補った。
「ぐぉっ!」
腹部に命中した棺桶に俵さんが呻き声を上げる。
刹那、西原が棺桶を引き戻そうとするが……俵さんは一気に棺桶に飛びついた。
上手い。西原が棺桶を引き戻せば、必然的に俵さんがアイツに近づくことになる。
「……甘いですね」
瞬間、俵さんと西原の姿が私の前から消えた。
私はコンタクトレンズで俵さんの残滓を追う……必要はなかった。
空から棺桶と共に降ってきた俵さんが勢いよく地面に叩きつけられた。
「ぐおおおおおおおおおおおお!!」
「俵さん!?」
「一応、手に持ったものは一緒に瞬間移動が出来るので……貴方が棺桶を掴んだら、上空に移動して棺桶を手放します」
西原は再び、土地の外に瞬間移動していた。
資材を除霊しようとする私達を放っておくわけにはいかない、ただし私達からの攻撃を受けるつもりはないらしい。
「勘弁してくれよ……高いところは苦手なんだ」
俵さんが立ち上がって、棺桶を思いっきり殴りつける。
この世のものとは思えない悲鳴が響き渡った……棺桶に囚われた魂が放ったものだろう。棺桶は清らかな光を放ち、次の瞬間には事故物件ではなくなっていた。
「すみません……ちょっとピンピンしすぎではないですか?」
「こっちはタワマンロボのパンチにも耐えてるからな」
「……自信を無くしてしまいそうです、一応はそっちの棺桶は悪霊百人分の事故物件なんですけど」
「タワマンロボの方は三千人分だったな、確か」
「やれやれ……」
とりあえずは俵さんは西原の攻撃を耐えきってみせて、武器の棺桶まで破壊してみせた。けれど……相手に与えたダメージはない。
「ま、ウォーミングアップってところだな」
【つづく】
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