37.事故物件建築反対運動(後編)


 ◆


「一応、俺の方から提案があるんですけど……」

 西原が言った。

「俺の方からは却下しかないな」

「まあ、そう言わずに……」

 言葉をかわしながら、俵さんが西原との距離をじりじりと縮めている。

 西原の靄はさっきよりも薄くなってきている。


「……俺の方からは、もう東城さん達、そして知り合いにも関わらないと誓います。なので、この建設現場からは手をひいてはもらえないでしょうか。俺も合体事故物件を完成させて月と戦ってみたいんです……どうでしょう?」

「少なくとも俺の方は事故物件が目の前で生まれようとしているのを見逃すつもりはないな、事故物件には親を殺されてるしな……明子さんはあああああああ」

 私を見るや否や、言葉の途中で突如として俵さんは西原に向かって勢いよく走り出した。とうとう近づきそうになって西原は瞬間移動。もう一度、俵さんは走り出し、西原に近づきそうになって、再び西原は瞬間移動を行う。

「そうです、そうです!こっちだってパパとママを殺されてるんですから」

 もう一度走り出した俵さんが西原の元に到達しそうになって、再び西原の姿が消えた。

「そうです……ああああああッッ!!」

 瞬間移動……西原の姿がこの土地の中に現れると同時に、悲鳴を上げた。

 この土地の茂みに隠すように設置した盛塩……殆どマキビシのように働くトラップを西原はシューズ越しとはいえ、踏みつけて苦悶の声を上げている。

 苦しみの表情を浮かべる西原の元へ俵さんは駆け出してゆく。

 再び、西原は瞬間移動を行い、道路へと逃げた。


「……瞬間移動させ続けることが目的だったんですね」

「まあ、そういうことになるな。一旦、逃げるならそれこそ外国だろうが、隣県だろうが好きなところに逃げれるが、アンタはお話が好きみたいだからな、話してる途中ならとりあえずは俺達の目の届く範囲にいてくれると思った。後はまあ、運だな」

「はは……やっぱり、お互いに痛み分けということで……ここは退いては貰えませんかね」

「悪いが俺は痛みは分け合うより、一方的に与えるほうが好きなんでな」

「……困りましたね、といってもお互いに決め手がない。俺は本当は接近戦の方が得意なんですけど、どれだけ瞬間移動が出来ても、接近戦を仕掛ければ、アンタの射程圏内に入ることになる」

「棺桶の追加は無いのかい?」

「棺桶のストックはあるんですけど、生憎死体のストックがないもので……さっきのが一番強い棺桶だったので、とりあえず棺桶を武器にするのは諦めますよ」

「じゃあ、どうする?」

「本当に困りまし……」

 瞬間、西原の姿は俵さんの背後にあった。

「俵さん!」「た」俵さんが振り向いて回し蹴りを放つと同時に、再び西原の姿が消えた。「ね」俵さんの僅か、前方ただし頭上の距離でサッカーボールを蹴るかのように思いっきり俵さんの頭部を蹴り上げる。だが、俵さんはそれに合わせて頭を動かし西原の蹴りを迎え撃った。

「痛ッ!」

 再び、西原の姿が消える。


「大丈夫ですか!?」

 さっきの蹴りを受けたためか、俵さんは頭部から血を流している。

「俺の方も心配してほしいですね……」

 再び、西原が姿を表す。目立った外傷はない。

 地球上のどこに行ける西原は何度だってここに戻って来る。


「東城さん、考え直して俵さんになんとか言ってもらえないでしょうか……結局、東城さん達って月をどうにも出来ないじゃないですか。そりゃあ俺は必要な犠牲や必要以上の犠牲は出しますが、それでも……常に自分たちを見ている恐怖をなんとかしたいっていう気持ちは本物なんです……」

 ずっと、西原を見ている内に

「確かに、月は恐ろしいです……本当に……けれど、私は俵さんを……」

 私は月の光景を思い出した。

 ただ頭の中で思い描くだけで吐き気が込み上げてきて、身体が底冷えしてくる。

 例えるならば、悪霊の一人一人が事故物件一級建築士よりも強い、そんなインフレーションの極地、誰一人として勝てる人間はいない、そんな地獄のような……いや、地獄そのものだ。


「信じています」

 ただ、そんな場所でも、きっと俵さんならなんとかしてくれる。

 私はそう信じたい。そう信じたいだけだけれど。


「……俺を未だに仕留めてられない、俵さんをですか?月の怪物なら、攻撃さえ当たれば俺なんてあっという間だと思いません?」

「それを言ったら、貴方だってそんな便利な能力を持っていながら俵さんを倒せていないじゃないですか。殺せるのはゴブリンだけですか?事故物件一級建築士の能力がその程度なのに、合体事故物件を作ったところで月に容赦なく破壊されるだけ……そう思いませんか」

「イヤなこと言いますねぇ」

 困ったように西原は笑った。

「言いますよ、そりゃ」

「……東城さん」

 しばらく笑っていた西原は真顔になり、私を向いた。

「なんですか?」

「もう試さなくてもわかる、貴方は覚悟を決めた人で……もし、俺が心臓を見せつけて、その時に剣を持っていたら今度は刺しますよね」

「刺すでしょうね」

「妬けますね、貴方をそんなふうにした俵さんに」

「……今度はこっちから、提案があるんですけど、良いですか?」

「なんですか?」

「月はこちらでなんとかするので、貴方にはまず事故物件一級建築士を辞めてほしいんです」

「は?」

「それで一生……って言っても、もう貴方は死んでいるので……もう、普通の人が人生を過ごすぐらいの時間でいいんですけど、大人しく牢獄とかで過ごして、それでその後も何の事件も起こさずに慎ましく過ごしてくれませんか?」

「……ダンジョンの時の意趣返しみたいな提案ですね」

「俵さんが言ってくれたんです、やりたくないことはやってほしくないって」

「……はあ」

「だから、一応……話し合いで解決するなら、それでなんとかならないかなと思いまして……」

「まあ、なんか俺が改心するような人種だったら良かったんでしょうけど……悪いですけど――」

 言葉の途中で、私は西原の顔に塩をふりかけた。

 驚愕の表情を浮かべた西原の姿が消える。

 それと同時に、私は叫ぶ。

「俵さん!後方五十五メートル!」

 私が叫ぶと同時に俵さんが後ろに向かって……思いっきり塩をぶん投げた。


 話している途中なら、西原は私達の目の届く範囲にいる。

 そして――最初は靄がかかっていて、全くわからなかったけれど、私にはもう西原が何を考えているのか、よく視えていた。

 次にどこに瞬間移動するのかがわかっていれば、後はもうそこを俵さんが攻撃するだけで良い。それと同時に俵さんが走り出す。


「っしゃあ!」

「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 獣のような悲鳴だった。

 顔面に塩を投げつけられ西原の顔面が青白い炎を放ちながら燃えていた。

 瞬間移動をしなければ――そう思っているけれど、突然に致命傷を受けた動揺で行動が遅れている。


「っらあ!」

 そんな西原の腹部を俵さんは思いっきりぶん殴った。

 障子を突き破るかのように、俵さんの拳が西原の腹部を突き抜けた。


「ご……」

 それがとどめとなったのか。

 少しずつ、西原の姿が薄れてゆく。


『……まだだ、まだ消えない!消えたくない!!』

 西原の心の声はもうはっきりと視えている。


『本当に月をなんとか出来るのか!それともただのハッタリなのか!それだけ確かめてから消えたい!!お願いします!神様とかがいるなら、もう……少し……だけ……』


 最後の最後まで、彼は知りたがりだったらしい。

 私は静かに両手を合わせ、祈った。


 彼が人の命を弄ぶことがなければ……あるいは、道を改めることが出来れば、彼は望むものの答えを得ることが出来たのだろうに。


【つづく】

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