28.再突入
◆
『あー、休日出勤最高~!上司死なねぇかなぁ~!?いや、殺す。ぜってー殺す』
座れる程度の電車に揺られながら、『愛されたいなぁ、いや愛されてんのかなぁ。愛されてるって実感できる人間になりたいなぁ』私はマンション『マヨヒガ』、その103号室に向かう。『祝儀祝儀祝儀、皆ちゃんと人間やってんなぁ。こんだけ皆のこと祝ってんのに、俺は独りで死ぬのか?ウケるな』混んでいなくて良かった『いつから流行はわざわざ探さなければ見つけられなくなった?昔は流行に乗れていたはずなのに……あー……クソ、なんで上司の俺が気を遣わないといけないんだよ、部下のほうが俺にペコペコ気ぃ遣えよ』リュックサックを背負っていたから、満員電車だと面倒だ『自己啓発書読んで……ビジネス書読んで……読んだすぐ後だけ自分が出来る気になって……そんで出来る気になるだけで、何も出来ねぇまま、そういうのを一生繰り返して終わるんだろうな、俺の人生。ま、出来る気分にすらなれねぇよりはマシか』私は目を瞑る。何も見ない。
コンタクトレンズを被せられて金色に輝く私の瞳が、乗客が何を考えているかを無差別に見ていく。思考は無限に私の視界に入ってくる、普通の目で見えている世界に透明な色で重なってくるような感覚だ。動いたりするには案外不便はしないが、情報の洪水に思わず酔いそうになる。
生きている人間を見るには練習はいらなかった、わざわざ見ようとしなくても向こうの方から見せてくるようなものだ。もっとも見えすぎる分は――また別に練習しなければならないだろうけれど。
人の心の声が聞こえる超能力者が頭の中に常に他人の思考を流され続けて、人間に絶望したり、自殺したり、そういう話を昔見たことがあるけれど、コンタクトレンズを付けている時しか霊視は出来ないし、目を閉じれば見ないでいられる。
とりあえずはそういう事態に陥らないで済みそうだ。
こうして見えるようになった目と共に、私は恐るべき悪意の迷宮、2
この家の玄関のドアは室内のどこかにランダムに繋がっている。
ドアをすぐに開くようなことはしない、私は金色の瞳で玄関のドアをじっと見つめた。
玄関ドアと重なるようにぼんやりと何かが浮かび上がってくる。
配置された三匹のゴブリン、そしてリビングだ。
このタイミングで玄関を開くと、リビングに繋がるらしい。
霊的なものを見るにはしばらく集中して、じっと見続けなければならない。
ただ、一度見えるようになったらピントが合うのか、しばらくは簡単に見ることが出来る。
私は玄関ドアの周辺をウロウロと歩き回りながら、しばらく待った。
初めてここに来た時はドアを開く度に行き先が変化した……では、ドアを開かなければ転移先は変わらないのだろうか、それともしばらく待っていれば時間経過で転移先は変化するのか。
しばらく周囲を歩き回っていると、玄関ドアに浮かび上がる光景が変化した。
バスルームだ、浴槽の内部に下り階段が見える。
当たりを引いたらしい。
背後にあるさっきまで玄関ドアだった、バスルーム用のドアを閉めて、浴槽に潜り込むように下り階段を下っていく。
何故、ただのマンションにこんなものがあるのか。
私は再び、この石造りの地下迷宮へと辿り着いた。
降りた先の部屋に敵の姿も見えなければ、アイテムが落ちているわけでもない。
けれど……私の目は捉えることが出来る。
精神を集中させて、霊視をすれば罠の判定エリア内侵入した瞬間に発生する人知を超えたトラバサミトラップの存在が見えた。
そして壁の向こう側にはうっすらと赤い光を放つゴブリンや、初めて発見した犬の姿をした獣人、コボルトの姿が透視出来る。アイテムや階段も見える。
私の霊視能力は精神を集中させなければ発揮できないものもあるが、ターン制というこの事故物件の異常環境が私に味方をした。
私が動かない状態で相手も動かないのであれば――見て、出会う前に逃げることが出来る。
傍に俵さんはいない。あの西原もいないのだ。
戦闘は徹底的に避けなければならない。
私の視界の中にある敵を避け――出会うことすらないように、ひたすら地下に降りていく。暗く狭い通路へ、明るい部屋、暗く狭い通路へ、曲がる、曲がる、敵の姿を確認し、引き返す。別の通路から、また階段のある部屋を目指して降りる。
モンスターが出現し、武器や防具が落ちているファンタジーな地下迷宮――であるというのに、私はベテランの運転手が運転する深夜のタクシーに乗っているみたいにスイスイと迷宮内を進んでいく。
地下二階、三階、四階――特に語ることもない。
見えている罠にはかかりようがないし、出会う前の敵から逃げているのだから危機になりようがない。
――今のところは。
「ぐううううううううう!!!!」
「うわあああああ!!!!ヒグマだああああああ!!!!!」
地下五階への階段を下っている途中に、紫の体毛をしたヒグマが降りた先の部屋にいることに気づいた。
紫色のヒグマ、紫ヒグマと呼ぶべきだろうか。
私は引き返して、階段を上がろうとするが、完全に階段を下り切る前でも戻ることは出来ないらしい。
階段は消え、同じ部屋に私と紫ヒグマが取り残された。
ただ、シンプルに死という言葉がよぎった。
【つづく】
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