22.ランダムダンジョン攻略開始
◆
「家具付き2
私は西原さんが放った言葉をそっくりそのまま繰り返した。
ランダムダンジョン――私自身はそういうゲームを遊んだことはないけれど、パパが遊んでいる姿を見たことがある。
――このゲームはダンジョンがランダムになっていて、遊ぶたびにダンジョンの構造やアイテムや敵の配置が変わるから、何度でも新鮮な気持ちで遊ぶことが出来るんだよ。だから、どれだけお小遣いを減らされたってパパは平気なんだよ、アキちゃん。
――なにか言いたいことがあるならアキちゃんじゃなくて、私に直接言って下さい。
「あー……!」
泣きたくなって、私は自分の頬を叩いた。
パパとママの二人が死んで、世界に二人の形の穴が空いてしまった。失ったものが戻ってくることは決してないのだから、きっと……何度でも二人の形の穴に躓いてしまうのだろう。けれど今は転がったまま思い出に浸っている場合ではない、早く立ち上がらなければいけない。
「貴方の仕業じゃないんですか?」
「俺自身も、まだこの事故物件を掌握出来ていないんです……実際、誰の仕業でこうなっているのか、よくわからないんですよ。まあ、証明する方法はありませんけれど……」
そう言って西原さんが肩をすくめる。
「そこで提案なのですが、東城さん……この事故物件、俺と一緒に攻略してくれませんか?」
「えっ!?」
彼は嘘を言っている――私はそう考えたい。それが一番楽だ。
この物件の現状は事故物件一級建築士という悪意の仕業で、彼をなんとかすれば……この家は元に戻る。誰も住んでいない家で、俵さんだってきっと良い思い出なんてものは大してなかっただろうけれど、それでもあの人が昔住んでいた家は元に戻るし、このランダムダンジョンで犠牲者が発生したのかはわからないけれど、少なくとも未来の誰かがこの
もっとも、そんな嘘を吐く理由があるのかはわからない。
私を騙して排除したいというのならば――そもそも、嘘を吐く必要がないし、こんな嘘である必要もない。
西原さんがどれだけ強いのかはわからないけれど、タワーマンションの事故物件一級建築士と同じぐらいだとすれば、私は卵を割るよりもあっさりと殺されてしまうだろうし、そういう異次元の強さ比較を抜きにしても単純な体格差が大きい。本気で彼が殺す気ならば、私は間違いなく殺されてしまう。
私は怒っていて、彼のことを許せないと思っているけれど、思いだけで現実を変えることは出来ない。もしも、それが出来るならば――いや、出来なかったから、私は今ここにいる。せめて未来に後悔することが無いように。
……考えばかり逸ってしまう。
私を騙して利用したいというならどうだろう――やはり嘘を吐く必要はない。このランダムダンジョンを探索させたいというのならば、私がこの室内を逃げ回るように脅しつければいいだけのことであるし、それに、そうならば西原さんはこの事故物件を掌握出来ているということだ。そもそも私といっしょに歩き回る必要は……多分無い。生贄という可能性が頭を過ぎったが、私を騙すまでもなくそんなものは問答無用に出来てしまう。
私を騙して楽しむ――それはどうだろう。
俵さんたちに関する不可解な点、それを餌にして私にダンジョン探索ゲームを仕掛け、無意味に私が調査をしている姿を見て楽しむ。西原さんがどれほどの性格の悪さをしているのかはわからないが、可能性は有り得そうな気がする……けれど、餌としては弱い。子供の幽霊を見たとか、母親の幽霊を見たとか、そういう具体的な餌で釣った上で私がのたうち回る姿を見て楽しむんじゃないかと思う。
親切心か、それとも私を盾のように利用したいのか。
ただ、嘘はついていないのだと思う。
「なんで、そんな提案を?」
「一人よりは二人のほうがなんかあったときに良いと思ったからですが、どうせ目的は同じでしょうし」
言葉や表情から、西原さんが嘘を言っているかどうかはわからない。
ただ、覚悟を決めるしか無い。
断ったところで他に道はない。
殺されるのか、大人しく私を見送ってくれるのか、玄関から出たところで無事に外に出られる保証はない。そもそも断るという道はない。
何があるのかはわからないけれど、私は真実を知るためにここに来た。
「……わかりました」
「ありがとうございます」
西原さんが頭を下げる。
床に向けられた表情を知る術はない、私に向けられた頭頂部を見ても彼の悪意を知る術はない。
私の持つ刃の切っ先はひたすらに西原さんに向けられ続けている。
「……それでは、まずこの事故物件についてわかっていることを確認します」
西原さんはその場にどっしりと座り込んで、胡座をかいた。
私は座らない。一応は協力するということになったが、決して油断の出来る相手ではない。西原さんが座るのは余裕の現れだろう。
「まず、事故物件としての特性……地価が極限まで低下したことによる利益の発生です。小銭の入った袋であるとか、……珍しいことですが、武器や防具、あとは食料アイテムみたいな感じで惣菜パンだとか、あとは化粧品なども発生しています」
「珍しいことなんですか?」
私が出くわした事故物件はあのタワーマンションだけだ。
そこで私は確かにお金を拾うことになったが、それ以外のものはなかった気がする。そもそも今回の事故物件のように落ちているというよりも私に直接発生したという印象のほうが強い。
「事故物件における利益の発生ですが、俺達もコントロールして行っているというわけではありません。自然に発生する現象という感じなんです。事故物件の主体……物件の意思といいますか、ほら……家っていうのは住んでもらうのが目的じゃないですか……その目的を果たそうとしているのか、人を呼びたいんですよ。事故物件は。だから、誰かに住んでもらうために不動産屋に訴えかけて家賃を下げる……どころか入居者やその候補にお金を上げてしまうんですよ。だから金銭を発生させる……けれど、それだけだと思うんですよね。少なくとも武器や防具が発生するようになった事態は初めてです」
「……成程、家の意思ですか」
「俺個人としては家の意思なんてものは信じていないんですが、現象として実際に発生していますし、付喪神なんて伝承もあるんですから、そういうことはあるんでしょうね」
とりあえずは西原さんの言葉に頷いておく。
納得しておくしかない。
「回収したアイテムはどうしたんですか?」
「えっ、アイテム回収なんてしませんよ……物には興味ないし、多分ばっちいんで」
「…………」
「さて、次に東城さんも体験されたと思いますが……ドアを開けた際の転移先がランダムになっています」
「……この家の中に入ってしまった場合、外に出ることは出来るんでしょうか?」
「たまに開いた先が外になっていることがあるので、それに賭けるしかないですね……」
タワーマンション、での出来事――私の家のことを思い出す。
帰るつもりはないけれど、少なくとも誰かを殺さなければ出られないということはないらしい。
「そして、貴方が出会ったかどうかはわかりませんが、この2RDKの中ではランダムに敵が発生します」
「家に入った瞬間、私は緑の子鬼のような存在に出会いました」
「ゴブリンですね」
……河童やメリーさんもなんか違うが、ゴブリンも事故物件で出会う悪霊の印象とは違う。
「悪霊が物語に取り憑く……そういう話を聞きました」
タワーマンションの事故物件一級建築士がそのようなことを言っていた。
彼は悪意に満ちた調教でタワーマンション内の犠牲者を怪異に仕立てて、タワーマンションの外に派遣してみせた。
「ネットロアとか都市伝説とか、ゴブリンもそういう存在なんでしょうか」
「……中身を感じませんでした」
「中身ですか?」
「なんていうか……そういう死人の魂みたいなものを感じませんでした。そもそも、この物件は中年男性と俵さん親子意外に犠牲者が出ていませんでしたしね……誰かによって仕立て上げられた悪霊という可能性は低いと思います」
「じゃあ、なんで事故物件にゴブリンが出るんですか?」
「……さあ」
出てしまったのを否定するわけにもいかないし、そもそも今更になってそういう常識のようなものを気にしてもしょうがないけれど。
「そして最後に……貴方は入ったばかりだから、まだ出会っていないでしょうが……この部屋は地下に降りる階段があります……」
「それは元から、この部屋にあるというわけではなく……?」
「見取り図にはありませんでした、おそらくはこの事故物件が発生して初めて生じたものだと思われます」
「……地下何階まであるんでしょうか」
「わかりません……とりあえずは地下十階までは確認しましたが、フロアは上り下りを行う度に構造やアイテム、モンスターにトラップの配置がランダムに変化し、安定した攻略が出来ませんから」
「文字通りのランダムダンジョンというわけですね……」
「その代わり、この部屋と違って部屋の出入り口がランダムに繋がっていたりはしません」
それこそパパが遊んでいたものによく似ている。
「私が前に行ったことがある事故物件はロボットに変形するタワーマンションでした。そういう制作者の意図のようなものが反映されて、この事故物件はランダムダンジョンになっているんでしょうか」
「……おそらくは」
「……成程」
別に納得できたわけではない。ただ、なっているものを否定したところでしょうがない。現実はただ理不尽に目の前に立ち塞がる。進むしかない。
「その降りる階段の位置もランダムなんでしょうか」
「ええ」
「……階段を同じタイミングで降りれば、私達は同じ場所に辿り着くんでしょうか」
「試してみないとわかりませんね」
私達は何度かのランダムな移動を繰り返し、トイレに地下へ繋がる階段を発見した。床はフローリングであるというのに、便座の横が奇妙に拡張され、そこに石造りの床と、同じく石造りの下り階段がある。
「それでは」
「ええ」
西原さんを先頭に、私達は階段を降りていく。
私達は同じ場所で出会うことになるのか、それとも勝手わからぬランダムダンジョンで離れ離れになってしまうのか。
別に一緒にいてありがたい存在というわけではない。
事故物件一級建築士は、恐るべき力を持っていると同時に、その力を行使することに躊躇がない。
言葉が通じるだけの猛獣のようなものだ。
それでも、彼の傍を離れたくはない。
自分の知らない場所で起こる悲劇にはもううんざりしている。
何かが出来るとは思わないけれど。
西原さんの背を追って、私は黴臭い迷宮に入っていった。
【つづく】
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