21.2RDK(ランダム・ダンジョン・キッチン)


 ◆


「それは……この家に住んでいた記録がある俵さんのことでいいんですか?」

 口ぶりは落ち着いていて、伏し目がちで暗い表情は彼のデフォルトらしい。 

 俵という名前になにか心を動かす様子も見せずに、西原さんは答えた。


「……多分、そうです」

「なるほど……ところで貴方は事故物件一級建築士なんですか?会報では見たことがありませんが」


「会報なんてあるんですね」

 あんなもののわけがないと答える代わりにそう言った。

 身体の内側で燃え盛るものが叫びになって現れそうだったのを必死で抑える。

 私が西原さんについて知っていることはただ二つ、事故物件一級建築士ということとどう考えてもまともな人間ではないということの二つだけ。

 今はまだ会話が通じているけれど、タワーマンションの事故物件一級建築士のようにその殺傷能力を私に向けてくるかわかったものではない。それでも相手が穏やかであるうちは私自身もそのように接したいと思っている。


「事故物件一級建築士協会っていうのがありまして、月会費四千円払って季節ごとに会報が貰えるんですよ。あ、すみません……話がズレましたね、その俵さんのことなんですけど……えーっと、ちょっと待ってくださいね。俺も以前の住民についてはネカフェで軽く調べたぐらいでよくわからないんですけど、貴方の何なんですか?いや、その怒らないで欲しいんですけど……今更になってこんな部屋にまで来たっていうのがよくわからなくて」

「……私の大切な人です」

 命を救われた、というだけではない。

 命を助けられただけならば、私は胸の中に渦巻く感情に苛まれて、こうして立ってはいられないだろう。

 悲しみは消えないけれど、俵さんが見守ってくれたから、私は絶望に負けること無く生きていられる。


「……あー、ちょっと話が遠回りになるんですけど、俺が何故この家に棲んでいるか、っていう話をしても大丈夫ですか……?」

「はい」

 おそらくは愉快な話ではないのだろうな、内心でそう思いながら私は頷く。


「……すみません、ありがとうございます。えーっとですね、事故物件一級建築士というものを東城さんは知っているみたいなので、まあざっくりいいますが、俺達事故物件一級建築士は事故物件を造ります。ただ単純に人が死んだ家というよりかは、死んだ人間が家に取り憑いて次に家に来た人間も殺すような持続可能な殺戮物件みたいな感じですね」

 自身の悪意を平然と語る西原さんの言葉に気分が悪くなる。

 ただ口を挟んだりはしない、私は何も言わずに続きを促す。


「勿論、世界中に存在する事故物件……の中でも悪霊が憑いた物件の全てを俺達のような事故物件一級建築士が作っているわけではありません。ホラー映画であるじゃないですか、恨みを残して死んだ人間が死んだ後も家とかに取り憑いて後の入居者を呪い殺していく奴、別に俺等が介入するでもなく自然に発生することがあります。まあ、人間なんてよっぽどの奴でもなければいつまでも他人を憎み続けることが出来ないんで、そういう悪霊になってもそのうち自然に消えちゃうんですけどね、暴れられて満足……みたいな感じで、まず、この部屋はそういう事故物件……だったと思うんですよね。少なくとも事故物件一級建築士が関わらない形で呪われていた」


 私は俵さんの言葉を思い出す。

 全員、呪ってやる――そう言って、俵さんたち親子を苦しめていた中年男性の霊がいたらしい。

 この物件に事故物件一級建築士は関わっていない。

 剣を握る私の手に力が籠もる。

 その言葉を信じて良いのか、あるいは西原さんの嘘なのかはわからない。

 事故物件一級建築士の関わった必然性のある悪意にせよ、あるいは自然に発生した偶然の悪意にせよ、苦しめられた人間にとってはそんなこと関係なくて、何の救いにもならない。


「もっとも、そういう家には幽霊が成仏した後も癖がつくのですが」

「癖……ですか?」

 理不尽に暴れ出したくなるような、そんな気持ちを抑えて私は会話を続ける。


「なんていうか、悪霊が消えていなくなって、そいつによる祟りが起きなくなっても、その家に住んでると体調が悪くなったり、ちょっとした不幸に見舞われたりしやすくなったり、なんてことがあるんですよ。タバコを吸い終わってもその後に色や臭いはこびりつく……みたいな感じなんですかね。プラシーボってわけじゃないですよ。俺達のような事故物件一級建築士のお墨付きです。まあ、そういうわけなので、自然発生した事故物件は、俺達にとってもなんていうか相性が良いんですよね。死者の怨念を定着させるとか、そういうことがやりやすくなるんです……あ、すみません」


 そこまで言って、慇懃に西原さんが私に頭を下げた。

 別に意識したわけではない、けれど――こういう話を聞かされて自然に私の顔は険しくなっていたらしい。

 不気味だった。

 目の前の人間の機嫌に気を遣えるのに、それでいて平然と悪意をばら撒くことが出来るらしい。

 いっそ、何もかもが人間と違ってくれたらと思う。


「……それでまあ、俺はさっきも言った通り、別に仕事ってわけじゃなくて、趣味で事故物件を作っているんですが……事故物件サイトを漁ってたら、この部屋が載ってて、あ、丁度良いな……って思ったんですよね。時間的におっさんもまだ成仏していないだろうし、成仏しててもいい感じに呪われてそうだな、って。それで、不動産のサイトを見たら今は誰も住んでないみたいなので……上がり込んで、事故物件にしてやろっかな、って」

「……はあ?」

「いや、本当にすみません……」

 深々と下がった頭を見ながら、私は剣で切りつけてやりたい衝動を必死に抑える。


「……人の命を何だと思っているんですか?」

 しまったな、と思った。

 抑えていたのは声量だけで、感情は抑えきれなかった。

 ほとんど独り言のようなものだったけれど、目の前の事故物件一級建築士はしっかりと聞き取っていたらしい。


「誤解しないでください、俺は他人の命に価値があると思っています!」

 叫ぶように西原さんは私に言い返した。


「……は?」

 信じられない言葉だった。

 いっそ、表面だけ取り繕った薄っぺらのものであって欲しかった。

 けれど、その言葉には今まで放った言葉と違ってほんのりと熱があった。

 感情が乗っている。


「……あ、すみません……話を続けましょう……」

 西原さんの言葉が平熱に戻る。

「俺は気にしてないですけど、東城さんのほうが気にしますよね……すみません……とりあえず東城さんの聞きたいことはしっかりと話しますので――」

 少し困ったような目で、西原さんが私の持つ剣を見た。

「――そしたら、どうしましょうか?」

 刀身に映る顔は歪んでいた。


 無事に別れて、家に帰る――そういうことが出来るのだろうか。

 相手がそれを許すだろうか、いや、私がそれを許すだろうか。

 俵さんのように私は強いわけじゃない。

 戦って勝てるとは思えない。たとえ私が勝てたとしても、私はきっと殺せない。


 目の前の相手に何かをされたわけじゃない、タワーマンションの時と違って、命を捨ててまで立ち向かうような理由はない。

 ただ、私は怒っている。

 目の前の人間の姿をした理不尽に。


「東城さんのやりたいことに、付き合ってもいいですけど……多分、死ぬので辞めたほうがいいと思いますよ」

 淡々と、一足す一の答えを告げるように西原さんが言った。

 事実だろう。きっと、そうなる。


「……話を続けてください」

 私の声は震えていた。


「……ところで、この部屋、俺の仕業でこうなった……と思っていませんか?」

「貴方以外に誰がこんなことをするんですか……?」

「確かに俺達は事故物件を作っていますが、しかし、さっきも言った通り、この世界にある事故物件の全てが俺達の仕業ってわけではないんですよ……」

 そう言って、西原さんが嘲るように笑った。


「家具付き2RランダムDダンジョンKキッチン……どれほど捻くれた幽霊の仕業なのか、この家は俵さんとやらのせいでこうなっているのかもしれませんよ」


【つづく】

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