14.飛び道具


 ◆


 ポルターガイスト現象――ポルターガイストとはドイツ語で騒々しい霊を表す言葉であり、誰も触れていないのに物が動いたり、あるいは突然に物音が聞こえるような心霊現象のことをそう呼ぶ。


「死ねェーッ!!!!」

「クソボケがァーッ!!!」

「高値で購入したタワーマンションの価値がゴミ以下になったストレスはテメェで解消してやるぜェーッ!!!」

 悪罵の限りを尽くしながら俵に今行われている投石攻撃もまたポルターガイスト現象と言う他ない。騒々しい霊による攻撃なのだ。 


「なんだってタワーマンションの中に石を用意してるんだよッ!」

「セキュリティのためだよ、結局マンションの平和は住民自身が守らないといけないからね」


 一般成人悪霊が手に持って投げれる程度のサイズの石である。

 触れただけで人体どころか、街そのものに壊滅的な被害をもたらすタワマンロボの破滅的な一挙手一投足ほどのものではないが、二階から投げられた石でも当たりどころが悪ければ死ぬし、高層から放たれた石は重力による加速を受けて、当たりどころなど関係なく殺せる威力になっている。


 その全てが正確に俵に向かっているわけではない。

 悪霊と言えど素人の投石攻撃である。低階層ならば狙いはある程度正確に俵の元に向かうが、高層からの攻撃は殆どが避けるまでもなく、ただ地面を叩くだけに終わる。


 しかし、投石量が半端ない。

 果たしてどれほどの悪霊が一斉に投石攻撃を行っているのか。

 避けようと思えば、その位置に石が向かっている。

 雨粒を全て避ければ、傘を持たなくても濡れずに済む。大半の子供が一度はその考えに思い至り、そしてたった数秒でその行為が不可能であることを悟る。


 雨粒を避けられる人間はいない。

 死は雨のように俵に降り注いだ。

 俵は素手であった。


「さて……元甲子園球児のピッチング見せてやるよォーッ!!デッドボールであの世に塁を進めやが……なにッ!?」

 悪霊の一人が驚愕の声を上げた。


「はッ!」

 時速百四十キロメートル、低い階から俵の頭部を狙った投石は正確であった。

 それを俵は首をわずかに動かして避ける。


「俺は県大会の決勝進出したキャッチャーだぜェーッ!!」

「サッカーやってました」

「高校時代のことは思い出したくない」

 頭部への投石を回避した刹那、俵の頭頂部を、胴体を、肩を、石は雨のように降り注ぐ。


「りゃッ!」

 頭頂部への投石を回し受けで流し、胴体への投石を払い落とし、僅かに身体を傾けて、肩への投石を回避する。

 一瞬で行われた回避行動、だが石は降り注ぎ続ける。

 だが、降り注ぐ数百の死を、俵は避け続けた。


「よかった、動いた。じゃあ次は前蹴り行ってみようか」

 その雨に混ざってタワマンロボが破壊活動を再開しようとする。

 雨を避け、タワマンロボが動けば破壊活動を阻止するために動く。

 タワマンロボから付かず離れず――死の雨に降り注ぐ範囲内にいなければならなかった。離れ過ぎれば、タワマンロボの破壊活動を止めることが出来ない。


 タワマンロボは巨大で、その攻撃の一発一発は重いが、タワマンロボの攻撃にはある程度の間隔があった。


「ハァ……ハァ……」

「お疲れかな?俵?」

「今日はもうやめにしたいね」

 血に濡れた顔で俵は笑う。

 荒い呼吸だった。

 タワマンロボの攻撃と攻撃の間を投石が埋め、俵への攻撃の密度は高くなる一方であった。一発も命中していない石は未だに当たらぬまま俵の体力を奪い続けている。


「遺族から隠し通した資産価値数百万のダイアモンド攻撃だァーッ!!」

「時は金なり……この高級腕時計を喰らいやがれェーッ!!」

「税務署から隠し通したこの一億入りアタッシュケースで金の重みを思い知りなァーッ!!」

「勿体ねぇことするなッ!」

 石が尽きたのか、あるいは異なる形のものを混ぜて対応を難しくするためか。石に混ざって投げられる高級品の数々、人一人を殺すにはあまりにも高額な武器である。


「まぁ、あの世まで金は持っていけねぇか……」

 彼らが生きている間に成した財を容赦なく避け、受け、拳で迎撃し、


「チッ」

 降り注いだ金属製のフォトフレームを俵は咄嗟に受け止めた。

 遊園地のマスコットと共に撮った若い男女の写真が収められている。


「テメェを殺して一生物の思い出にしてやるぜェーッ!!」

 若い男の声が響く。

 写真に写った男の声なのだろうか、別の悪霊の声なのだろうか。

 だが、悪霊にとって幸福な思い出が何の意味もないものになってしまったことは間違いない。


「……お、隙あり」

 

 闇が俵を喰らうかのように、タワマンロボの巨影が俵を覆った。

 先程までの攻撃の間隔から察するに、本来よりも早い。

 それは最早、技ではなかった。

 ただ、タワマンロボがその巨大な足で俵を踏み潰そうとしただけだ。

 空がそのまま墜ちてきたかのような圧倒的な質量が俵に迫る。


「こっちは準備が出来たよ、彼女が上手くやってくれたみたいだ」


 ◆


 何もわからない。

 もっと正しい方法があったんじゃないか、そればっかりが頭を埋め尽くしている。

 硝煙が線香のように立ち上る。

 殺した。

 いや、もう死んでいたのだから、それは違うのかもしれない。

 けれど、殺したとしか言いようがない。


 何もしたくなかった。

 ここは廊下だけれど、横になって目を瞑りたかった。

 疲れていた。

 心に引きずられるようにして、身体も終わりたがっている。

 けれど、相変わらず、この『入居者の終の棲家になるタワー』は揺れていて、俵さんの戦いは続いているらしい。少なくとも、私のやったことにわかりやすい意味はないみたいだ。


「……フッ」

 銃口から立ち上る硝煙に、バースデーケーキのロウソクを消すみたいに息を吹いた。


「まだ、終わっていない……!」

 口に出して、私は言った。

 屋上へと続く階段はすぐに見つかった。

 なるべく静かに私は階段を上がり、扉を開く。


 三百六十度から東京を一望出来る絶景だった。

 入居者は皆一度はこの屋上から東京を眺めて……そして、その景色を何の特別でもない日常にしていったのだろう。

 けれど、今は違う。

 ただのタワマンロボの操縦席だ。


 心の中でパパとママ、そして河童のことを思った。

 河童は撃てた。

 パパとママは撃てた――撃ててしまった。


 では、私は撃てるんだろうか。

 事故物件一級建築士――生きた人間を。


「こっちは準備が出来たよ、彼女が上手くやってくれたみたいだ」

 私に背を向けて、下界へと言葉を降らす事故物件一級建築士。

 躊躇はなかった。

 その姿を見た瞬間、私は引き金を引いていた。


【続く】

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