9.閑話:ウィンチェスター・ミステリー・ハウスⅡにて
◆
『入居者の終の棲家になるタワー』から八千三百キロメートル、アメリカ合衆国、カリフォルニア州の郊外にその家はあった。
その敷地を囲むように四十センチほどの樹高があるカリフォルニアライラックが植えられていてちょっとした柵の役割を果たしているが、外部からの侵入を防ぐものはそれだけで塀は無い。しかし、よっぽどの勇気を振り絞らなければ、どれほどの悪人であってもその家に入ろうとは思わないだろう。
異様な場所だった。外からでも容易に見える庭には殺人ドーベルマン、重火器で武装したシリアルキラー、四足歩行する殺戮ロボが放し飼いにされており、いずれも悪霊に取り憑かれている。
庭の時点で異様な家であるが、家屋はもっと異様だ。
おそらくは元々そういう造りを意識していたわけではないだろう、剪定されていない伸びっぱなしの樹木のように、その家は異様な増改築が繰り返されていた。一階よりも二階の面積のほうが広い、まるできのこの傘のようである。三階までが木造建築であったかと思えば、四階部分にはコンクリートの建造物が乗っている。そのような野放図な増改築でその家は十階まで育っていた。
その家の名を『ウィンチェスター・ミステリー・ハウスⅡ』という。
「
男は『ウィンチェスター・ミステリー・ハウスⅡ』の最上層、彼の私室でそのように独り言ちた。
男の名はマイケル、この家の主だ。
痩せた美青年である、髪は金色で――瞳もまた、その髪と同じ金色をしている。
下半身にジーンズだけを纏い、上半身は裸だった。
余分な脂肪の無い腹部に、銃の形のタトゥーが入っている。
マイケルはその豹のような身体を柔らかなソファに預け、スマートフォンを起動する。
「
果たして誰が撮影したものか狭いスマートフォンの画面の中に、巨大なるタワーマンションロボが映っている。
誰が信じるであろう。
誰がどう見ても良く出来たフェイク画像にしか見えないのだ、真実を知る一部の人間を除けば。
しかし、あの『入居者の終の棲家になるタワー』が大起動すれば、何も知らぬ人々は否が応でも知ることになる――最悪のタワーマンションの存在を、そして幽霊、呪い、そして宇宙人、そのようなオカルトの箱に閉じ込めてきたものが実は真実であったことを。
「
【私はすごい映像だなと思いました】
【これは嘘だと思いますが、真実のように見えることは間違いないように思われます】
【プロフィールを見て下さい、アナタはセクシーな女性に出会うことが出来ます】
インターネットを流れる戸惑いの反応を翻訳アプリにかけたものを見ながら、マイケルは嘲笑った。
「HAHAHAHAHAHAHAHA!!!!」
殺される人間は誰一人として知ることはないのだ。
そのタワーマンションが大起動したのは本来の目的である東京を破壊するためではなく一人の男を殺害するためだけであると。
「さて……」
おそらく読者の皆様もそろそろ英語に慣れてきたことであろう、マイケルが流暢な英語で呟き、窓から自邸の広大な庭を見下ろした。
門は常に開け放たれており、低木の柵は人の侵入を妨げる役には立たない。
周囲に家はなく、通りすがるような人間もいない。
トドメとばかりに、表札には『お金持ちの家です』と書かれている。
日本との時差は十七時間、カリフォルニアの空は赤く燃えている。
沈みゆく太陽に低木が自身よりも長い影を伸ばす。
その影の中に入り込むように侵入者が四人。
「お金持ちの家ってのはここか?」
樽のような巨漢の男が言った。
「間違いないですボス!!4chanにも乗ってました!」
英語圏最大規模の匿名掲示板の名を上げて、小さな男が明るい声で言う。
これから行われる宝探しが楽しみでならない――そんな声色だった。
「成程な……じゃあ、間違いねぇ」
ボスと呼ばれた樽男はそう言って、笑う。
ボスの笑いに感情を誘われたように小さい男と赤髪の男が笑う。
「……ボス、この家はやべぇですぜ」
サングラスをした黒ずくめの男が僅かに震える声でいった。
黒い帽子、黒いサングラス、黒いマスク、全身を覆う黒いコート、防寒としては問題ない――だが、震える理由は寒さのためではないのだろう。
「あ?」
「俺ァ、なんていうか霊感みたいなものがあって……なんていうか嫌な予感がガンガンするんですぜ」
「ビビってんのか?せっかくの宝探しだぜ?」
軽い声でボスが言う。
「そりゃ、庭には多少の犬がいる、殺人鬼もいるし、殺戮ロボもいる……だが、それだけだろう?」
ボスはそう言って、背に担いでいた重火器を黒い男に見せつけるように構えた。
「撃ちゃ死ぬんだよ、気楽に行こうぜ」
「ボス……今回はマジでヤバイ予感が……」
銃口が黒い男の額に押し当てられる。
冷たい感触は、弾丸が放たれる前から命を奪うに相応しい重みがあった。
「お前が幽霊になって止めに来るっていうなら、お前の霊感を信じてやってもいい」
「オーライ、ボス……アンタに従うよ……」
観念した様子の黒い男を見て、小さい男が笑う。
「HAHAHA、予感を信じなかったおかげで命拾いしたなジョージ!」
「あんまり笑ってやるな、ジョージ2、仲間にゃ臆病モンが一人いるぐらいが丁度良いのさ」
大声で笑う小さい男――ジョージ2をボスが諌める。
「いいかジョージ!ジョージ2!ジョージ3!幽霊屋敷だろうがなんだろうが、ここは金持ちの家で俺等は無敵の強盗団だ、となりゃ……行くしかねぇだろ!!」
「ヘイ!ボス!」
「オーライ、ボス……」
「うす」
今まさに、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウスⅡ』に突入せんとする強盗団を見て、マイケルが笑う。
「感謝する、君たちの血と怨念で我が家はまた強くなる……!事故物件世界大会に優勝するのは、この私のウィンチェスター・ミステリー・ハウスⅡだ……!」
その空は夕焼けの色か、あるいは人間の血の色か。
この屋敷が空と同じ色に染まる時を思いながら、マイケルは言った。
まもなく世界中の代表事故物件が東京に集まり、雌雄を決することになるだろう。
そして、近日中に行われるアメリカ代表決勝戦を制して、この家ごと自身も日本に訪れる。
「さて、今日の侵入者は庭を抜けられるかな……?私の家はアメリカ中から集めた事故物件を集めて作ったんだ……是非、辿り着いて欲しいものなのだがね……」
新たな死の予感に、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウスⅡ』がぶるりと震えた。
【つづく】
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