上宮佐祐
康太が電車に揺られ寮に帰ってくる頃には、食堂にはチームメイトの姿はなかった。机にぽつりと寂しく置いてあった辛すぎる麻婆豆腐だけが康太の帰りを待ちわびている。
「今夜ははずれだな、これ辛いだけで味しないもんな」
サランラップで丁寧に封をした皿を電子レンジに入れて三分待つ。その間冷蔵庫にあったマヨネーズを拝借して真っ白な白飯にかけて口にかき込んだ。現役を引退したとはいえ食べる量は依然とあまり変わっていない。それでも大盛りご飯はおかわり二杯までと決めていた。運動量が急激に減ったためこれまでと同じ食生生活だと体重の増加に歯止めが利かなくなるのだ。
しかし、腹を満たすだけの食事ではなんとも心持たない、そんな時康太は決まって自室の向かいの部屋に赴く。
「なんすか、菱田さん」
「ラージA行こうぜ、上宮」
上宮佐祐はめんどくさそうに両目をこすると「アイス食べたいっす」とだけ言って部屋を出てきた。
「どこ行ってたんすか、食堂のおっちゃん怒ってましたよ」
寮からラージAまでの道すがら上宮はさして興味もなさそうに尋ねてきた。
「うん、ちょっとな」
康太は財布の中身を気にしながら答える。午後九時に差し掛かろうとしていた。ラージAは二十四時間営業している小規模なスーパーマーケットだ。寮からグラウンドまでの道のり上にあるため大概の寮生は朝ここで昼飯や栄養ドリンクを買っていく。アルバイトが制限されている寮生にとって比較的安価な商品が揃っているラージAは第二の食堂のようなものだった。
「俺これがいいっす」
「ばかヤロー、ハーゲンダッツは誕生日に食うもんだ。ホームランバーにしなさい」
「アイス選ぶくらい野球から離れましょうよ」
渋々ホームランバーを手にとった上宮に康太は「なぁ」と声をかける。
「なんすか?」
「俺が高校野球の監督をやるって言ったらどう思う」
「できないでしょ、菱田さんに」
「だよな」
想像していた答えが返ってきてしかめっ面になる。そりゃそうだ。
「監督やるんすか?」
「成り行きで……な」
「成り行きで高校野球の監督にはなれませんよ」
「そうだな」
上宮は意外に冷静な口調で言った。上宮に渡した二百円でホームランバーを二本。会計レジにいる店長の川内さんはすっかり顔なじみになっていて、二人に軽い微笑みをくれる。
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