キャッチボール
「一本よこせよ」
「立ち食いは厳禁ですよ」
「いいんだ、俺たちはもう上級生だぞ。監督、コーチに構うことはないさ」
「それもそうっすね」
レジ袋からホームランバーを一本康太に差し出す。味はチョコ味だった。
「バニラよこせよ」
「いやっす」
「俺の金だぞ」
「厳密には菱田さんの親のお金でしょ」
「そうだな。じゃあチョコで我慢するわ」
「我慢してください」
寮までの道を戻る。蒸し暑い気候に嫌気がさし、熱帯夜を過ごさなければならないことに心底嫌気がさす。
「……足はもういいんすか」
「あぁ」
「そうすか」
康太は自身の右足を叩いた。ケガをして、それでも僅かな望みをかけて半年間死ぬ気でリハビリと練習に励んできた。自分のわがままに最後まで付き合ってくれた体に今は感謝している。
「なんども言って悪いがお前まで俺と現役引退することなかったんだぞ」
「別に同じってわけじゃないすよ。僕は来年の就活のことを考えての引退ですから」
そういえば東京消防庁に行きたいんだよな。少し前に上宮が言っていたことを思い出す。
「お前もいろいろ考えてんだな」
「菱田さんほどじゃないすけどね」
康太からしてみれば上宮の才能には目を見張るものがあった。身長は平均的に比べて低いがその分並外れた運動センスがあり、守備に至ってはその非凡なセンスをいかんなく発揮していたのだ。しかし、それだけならこのチームにごまんといる。実力を見出される選手とそうでない選手の特徴はなんなんだろうか。康太は引退してからずっと探している。高みを目指すと誓ったあの日から突然始まった競争のゴング。更に縁やら運やら才能やらと言ったぼやついた、でもたしかにはっきりとした事柄が永遠のように付きまとう。スポーツマンシップに反する最もフェアじゃない戦いがそこで起きている。
「菱田さん」
「どうした?」
「明日、久しぶりにキャッチボールしませんか?」
「やるか」
上宮は軽くステップを踏んで夜空に向かってボールを投げる仕草を披露する。三分の力でも、バランスの良さを感じさせる美しいフォームだ。
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