ティアラ・シルバー・ローガンの一生

 私はローガン家の三女に産まれた。

 父と母は優しい人で、二人の兄も私に激甘だった。

 この世界はどこかしらでいつも衝突が起こっていて、しょっちゅう小競り合いをしていた。

 お互いの意見が合わないときは時に戦いが、時に決闘が、時にゲームが行われた。

 そして、領主もコロコロ変わり、昨日の隣人が今日は別の人、それも良くある話。

 ただ、ローガン家は珍しくそう言った紛争に巻き込まれることなく、長く血統を保つ家だった。

 不思議なことに長子が必ず戦上手で、次子がたぐいまれなる武勇を持つ戦士で、第三子がありとあらゆるゲームに強かった。

 我が家の第三子は私の姉で、姉は私に少し厳しいが、愛のある厳しさであることはわかっている。

 第四子である私は何も特筆すべき才を持っていなかった。

 私が人質になることを家族は何よりも心配していた。


 私はずっと家に閉じこもって育てられた。

 兄や姉が戦いに赴くときも、屋敷にとどまり、むしろ私の警護はいつになく厳重になった。

 私が兄や姉のウィークポイントであることを私は重々承知していた。

 だから、籠の鳥に甘んじることにした。


 やがて、父が亡くなり、長兄が家を引き継いだ。

 長兄が妻をもらい、私が十歳の時に兄夫婦に子供が生まれた。

 子供はなんと三つ子だった。

 三つ子の男の子たちはすぐにその才を発揮し始めた。

 次兄も姉も子供たちの育成に力を注いだ。


 これでローガン家も安泰だと思われた。

 子供たちが十五歳になったときに、次兄は家を出て、妻をもらい、隣の町で生計を立てるようになった。

 元々武勇に秀でた人で、狩りをして生計を立てるのに何の問題も無かった。


 姉はずっと前に嫁いだ。

 子供たちが八つになったときだ。

 姉の嫁ぎ先はゲームに強い姉を身内に引き込めたことで、かえって戦いの比率が上がってしまったらしく、姉は夫がなかなか戦地から帰ってこないと愚痴の手紙を出してきた。

 ただ、賭け事に強い姉は農地にどんな植物を植えるかの賭けにもよく勝ち、姉の嫁ぎ先は飢えることがなくなった。

 それも姉の恩恵だと言われていた。

 戦いは多くなったのに、なぜか栄えて、それを狙ってさらに戦いを仕掛けられる日々。

 大変そうだが、この世界ではよくあることだ。

 姉の夫も頑張っており、姉もときどきゲーム戦を仕掛けて新たな領地を広げていた。


 私だけが長兄の家で穀潰しをしていた。

 心苦しくて、家の中でも出来ることがないかを考えた。

 ただ、料理もうまく出来ず、裁縫や刺繍の才もなく、本を読んで知識をつけても実地を知らぬ私は知識をうまく使えなかった。

 私だけがこの世界で何も貢献できていなかった。

 ただ、兄も兄嫁も三人の甥たちも、誰も私に文句は言わなかった。愚痴の一つ言わなかった。

 心苦しかった。

 何の役にも立てない。


 私にも何か出来ることはないのか。

 執事に相談するが、何も良い回答は得られない。

 屋敷の庭で菜園を作ってもらって、育てようとしてもうまく育たない。

 見かねた庭師が手伝ってくれるが、ほとんどは庭師の功績で私の功績ではないことがよくわかる。

 兄も義姉も誉めてくれたが、私は何の役にも立たず、ただ食事を食べて、文字通り穀潰しをしていた。


 どこかの家の後妻に入るなど、私でも家族の役に立てることがあるのではないかと尋ねても、兄も義姉も首を振るだけで、私にはもうどうしていいのかわからなかった。


 私は二十九歳になった。

 ある日、侍女の一人が長兄に進言した。

 ずっと家にこもらせているのもかわいそうだ。

 お祭りの日に外に出させてあげても良いのでは?と。


 長兄は否定した。

 お祭りの日などただでさえ混乱するときに外に出すのは危険だと。


 私も警護の人に迷惑をかけるのはどうかと思った。

 なのでおとなしく家に居ると言った。


 侍女は不満そうだった。

 だが、その年の祭りは何事もなかった。


 私は三十になった。

 翌年も侍女は進言した。

 兄は許さず、私も家にとどまった。

 祭りは何事もなかった。


 私は三十一になった。

 翌年も侍女は進言した。

 義姉が行ってみてもいいんじゃないかと言い始めた。

 兄は許さず、私も家にとどまった。

 代わりに義姉が祭りに出かけて楽しんで帰ってきた。


 私は三十二になった。

 侍女はまたも進言した。

 義姉は一緒に出かけようと言った。

 長兄も一緒に出ると言った。

 三つ子の次男も守りにつくと言ってくれた。

 そこでようやく私は重い腰を上げた。


 私は初めて外に出た。

 外の世界は思っていたのと違っていた。

 屋敷の庭しか私は知らなかった。

 道路が空を縦横無尽に走っており、空の上にも家があり、川の上にも家があり、道路はまるで足の裏が吸い付くようでまっすぐ歩いていたのに、いつのまにか頭の方に地面があった。

 お店に入った。

 物を買うには戦って勝てば手に入った。

 髪飾りがあった。

 ゲームをした。

 私は負けて、腕輪をとられた。

 道を歩いていたら、男に指を指された。

 私を賭けて甥が戦った。

 甥はあっさりと勝って、男から一ヶ月の労働権を勝ち取った。

 甥が負けたら私があの男に一ヶ月奉仕しないといけなかったらしい。

 私は怖くなった。

 兄の家に戻りたかった。

 兄の家に帰るまでに、甥を求める女がいた。(その女はうちの使用人に一日奉仕することになった)

 長兄の剣を求める男がいた。(その男の短剣を甥がもらっていた)

 義姉のスカートを欲しがる女がいた。(その女のスカーフを義姉が欲しがった)

 何もかもが賭けの対象で、長兄の職すら求める男がいた。

 ただ、その男は代わりに差し出せる職がなくて勝負が成立しなかった。

 ということは私の奉仕と男の労働は釣り合っていると見なされていたということか。

 怖い。

 外は怖い。

 家に帰りたい。

 そして家に帰り着いた。

 兄も義姉も甥も収穫があったと喜んだ。

 そして私はこの世界の理を知った。


 では私の食事の対価は何だろう。

 家族なのだからそんなことは気にしなくて良いと言われた。

 どうして私には才が無いんだろう。

 私にも才があれば良かった。

 義姉はゲームに強かった。姉ほどではないと言っていたが。

 甥も決闘戦に強かった。

 兄は戦上手だと聞いている。

 この世界で私だけが生きるのに向いていない。


 私が後妻にも望まれないのがわかった。

 私を後妻に迎えても、すぐにゲームで取り上げられてしまうだろう。

 だって、私は弱すぎる。

 町を歩けば身ぐるみ剥がれるだろう。

 自衛ぐらい出来なければ本当に穀潰しなのだ。


 私が町に行ったと聞いて姉が里帰りしてきた。

 危ないことはしてはいけないと怒られた。

 真綿のようなもので締め付けられるような、息が苦しい。

 何の役にも立てない。


 それでも、足を引っ張るよりは良いではないか。

 姉はそう言った。

 長兄の、義姉の、甥の、足を引っ張るよりは、役に立たなくてもいいではないかと。

 それって本当に生きているということになるんだろうか。


 私がいなければ、私が食べる食事の分だけでも兄夫婦の収入は増えるのでは?

 いや、そもそもこの世界は収入と言う概念があるのか?

 この世界?

 この世界って何だ?

 こんな混沌とした世界。

 ルールは賭け事のルールのみ。

 混沌と言うより賭け世界ではないか?




「一旦停止。この世界に別の名前をつけるのはやめてもらおう。この狭間で起こることはさまざまな影響を世界に与える。ここは混沌世界。別の名前で呼ばないように。確かにあの地域は賭け事が強いが、世界のすべてがそうではないのだから」




 私は三十五になった。

 三つ子の長子が結婚して子供が出来た。

 私はずっと館の中に居る。

 たまに一番下の甥にゲームを教えてもらう。

 もちろん甥には勝てないし、甥は私にセンスがないという。

 本当に私は何のためにこの世界に生まれてきたのだろう。


 また祭りの季節がやってきた。

 今度は馬車を一切降りなくていいと言われた。

 町の中を見るだけならと出かけた。

 館の外に出て驚いた。

 外に何もなかった。

 あの道は?

 店は?


 戦いがあったのだという。

 長兄と一番上の甥が戦ったのだ。

 ローガン家が負けるはずがない。

 負けはしなかったが、町は消えた。

 戦場になった。

 民は避難していた。

 別の場所に町があるという。

 ゲームの得意な三男が町育成ゲームだと言ってどんどん発展させているらしい。


 何もなくなった地に山があり、川があり、川から巨大な亀が現れて別の川に行く。

 空からはドラゴンが、山では桜が咲き乱れ、紅葉が舞い散る。

 川でいるかがジャンプした。

 水しぶきが花になった。

 世界は綺麗だった。

 馬車から見る風景だけを楽しんで家に帰った。


 私はその後も年に一回だけ館の外に出て、馬車の車窓からの景色を楽しんだ。


 そうして七十になり、長兄も次兄も姉も義姉たちも亡くなり、甥に見守られて平凡な一生を終わった。


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