再び立花葵の場合
言われて封を開ける。
書いてあったのは凍結世界。
寒いのか。
これだとろくな技術は思いつかない。
人々はどういう暮らしをしているんだろう。
植生だって同じじゃないかもしれない。
貴族社会以外では持って行く技術を思いつかなかった。
まあ、それでも他の世界より私は幸せになれるのだろうから、もう何も思い残すことはない。
お父さんとお母さんに何もしてあげられなかったな。
子供が親にする親不孝の最たるものが早死にだと思う。
犯罪なども親を不幸にすると思うけど。生きていれば笑い合えるかもしれない。
辛くても支え合えるかもしれない。
そう考える私の家は幸せだったのかもしれないし、こういう考えをする人はそもそも犯罪など犯さないかもしれないけど。
だから、親にとって一番の不幸は子がなくなることだと思う。
ごめんね、お父さん、お母さん。
私は別の世界で別の人間になって生きるよ。
翔太がお父さんとお母さんを助けてくれるといいけど。
我が弟ながら、特に傑出した才能も無いけど、正月ぐらいは帰ってくるし。
どうやら彼女もいそうだから、そのうち孫の顔でも見せてくれるといいな。
私はもう何もしてあげられないから。
会社の人にも迷惑かけちゃうな。
あの資料だけは引き継ぎ必要な気がするけど、藪田先輩よろしくお願いします。
先輩なら大丈夫だよね。
八百万の神様、私の家族が健康で幸せで長生きできますように。
世界が平和で、地震とかもなくて、穏やかに過ごせますように。
「俺が貴族社会か…俺自信ない」
右から二人目の男性がそう言った。
「生まれたときからその社会なら大丈夫、きっとなじめますよ」
思わずそう言ってしまった。
「私は灼熱世界ですね。やはり体力は必要そうなイメージなので、身体を動かしたりするのが好きな子供にしてもらいたいものです」
一番右の男性がそう言う。
「あー、それなら俺は集中できる子にして欲しい。貴族って勉強必要そうだし、すぐに飽きて勉強放り出したら詰みそうだから」
それはそうかもしれない。
「私は凍結世界でした。凍結世界に良い性質って何でしょうね?」
「身体を動かしたりするのが好きで、だけど集中力もある子にするのがいいんじゃないですか?」
一番奥の男性が答えてくれた。
「確かに両方良いところもらうのがいいかも」
「集中できるというのはいいですね。何かを考えるときも考え尽くす能力、飽きずに取り組む能力って必要そうですし。自分で言っておいてなんですが、私もそうします」
一番端と端で話をして、ちらっと親子の方を見る。
そうするとどちらかが温暖世界でどちらかが混沌世界のはずだ。
母親が子供の封筒を開けるのを手伝って、子供に紙を渡している。
「お母さん、これなんて読むの?」
まあ、どの世界だとしてもあの子には書かれている内容は読めないだろう。
温暖だといいな。
「これはね、混沌世界って読むのよ」
おー!!
お母さんの方が温暖世界で、子供が混沌世界か。
ぱっと聞いたときに一番良さそうと思った温暖世界をお母さんは捨てて、一番よくわからない混沌世界を子供のために選ぶんだ。
すごいな。
混沌世界で幸せになれないとなんかものすごいことになりそうだけど。
あの子も記憶を無くすだろうけど、この場所で子供を悲しませられないんだろうな。
お母さんと別れるというのはあのぐらいの年の子にとっては大事件だろう。
それこそ別の世界に行くというこの事態よりも大事件に違いない。
どこに行くにしてもお母さんも一緒なら安心だろう。
「さて、全員見たところで、ゲームの参加者を募集する。ゲームに参加するのは誰だ」
「私が参加します」
お母さんがそう言って右手を挙げた。
他の人は誰も手を挙げない。
そうだよね。自身にとってそれが最適だと言われたらそうするよ。
「まさか私の世界が蹴られるとはな」
中央に座った男の人がそう言った。あの人が温暖世界の創造主か。
確かにみんな薄々温暖世界がいいなって思っていたはず。
でも、自分にとって最適な世界が別にあるというなら、わざわざ不幸なところに行かなくてもいいし。
「どの世界を望む?」
「この子と同じ、混沌世界へ。もし私がゲームを受けることでこの子の行き先が変わるのであればその場所へ」
「その子はゲームを希望しなかったから混沌世界だよ。では混沌世界へ行くためのゲームをしよう。君の世界だ」
そう言われたのは左から二人目の創造主。
「私の世界を希望するとはお目が高い。では我が世界に行くためのゲームをはじめよう」
そう言われた瞬間、世界が暗転した。
気がつくと私は背の高い椅子に座っていた。右隣に創造主が一人居る。
よくよく見てみると私たち四人がそれぞれ背の高い椅子に座り、その横に創造主が一人ずつ。
いや、女の子だけは一人で座っている。というか椅子に座っているけど眠っている?
そして少し離れた場所に立っているのは、あれは温暖世界の創造主?
目の前にはスクリーン
スクリーンに映っているのはお母さんと混沌世界の創造主?
「貴方が凍結世界の創造主様ですか?」
「そうだ。我の世界を選んでくれてありがとう」
なるほど。
私と男性二人はそのままの世界を選んだから創造主が横についていて、女の子の横に本来座るべき混沌世界の創造主はゲームに参加しているからいなくて、温暖世界の創造主は相手が居なくて一人立っているのか。
スクリーンの中では丸いテーブルを囲んで座る二人。
まるでこれからカードゲームでも始まりそうな雰囲気だ。
「では、ゲームを始めよう。簡単なシミュレーションゲームだ。たいしたことではない。貴女が我の世界に来たら何が起きるかをシミュレーションする。世界が良い方に転がれば貴女の勝ち。悪い方に転がれば貴女の負けだ。我が世界に本来合わない者を入れるのだから、世界が乱れては困る。安心せよ。我が世界の中で最も穏やかなところに送ってやろうよ。では、始めよう」
そして、お母さんは眠ったようだ。
私たちはただ待つだけだった。
お嬢さんは母親が眠って心配そうにしていたが、眠ったお母さんはほんの三十秒ほどで元に戻った。
そして混沌の創造主が言った。
「平穏な人生だったね」
と。
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