エピローグ.私のお兄ちゃんは、世界一かわいい

 13歳の一年間が、ちょっとだけ早く過ぎていったような気がするのは、お兄ちゃんと一緒だったからかな?

 今日は私の誕生日。冬の終わりかけで、雪はもう降ってこない季節。中学生の立場で、もうちょっと詳しく言ったら、学年末テストが間近に迫る頃。

 部活が休みで普段より騒がしい下校時間、私は普段通り、帰りを待ってるお兄ちゃんのことを考えてて。門をくぐろうとしたら、その向こうに……。


「あっ、お兄ちゃん……!」


 遠目でも感じちゃうあのかわいさオーラ……間違えるわけない、お兄ちゃんだ!

 ベージュのダッフルコートに、水色のマフラー。帰ってく子たちを、少し不安げなお顔で見渡してる……私を探してるんだね!


「お兄ちゃーんっ! ここだよー!」


 駆け寄りながら手を振って呼びかけると、私に気づいたお兄ちゃんのお顔が、ふわっと明るくなって……。

 ああもう、我慢できない……抱きしめちゃってもいいよね!? みんな見てるけど、不意打ちのお兄ちゃんだからしょうがないよね!


「お兄ちゃん、かわいい! かわいすぎ!」


 こんなにかわいいお兄ちゃんが現実にちゃんと存在してるって、ぎゅーってして再確認!


「……あ、ありがとう……」


 お兄ちゃんを褒めるといつも照れながら、ありがとうって言ってくれる。かわいい……。

 あの日から、かわいいって毎日言ってるけど、お兄ちゃんは今も慣れない様子。私もお兄ちゃんのかわいさに全然慣れないけど!

 それどころか、元から限界を突破してたかわいさが、どんどん天まで突き抜けていってる気がする……。

 ちゃんとした料理を作ってあげてるからかな? たまに一緒にお出かけするようになって、生活も健康的になってきてるし……あれ?


「……そういえばお兄ちゃん、どうしてここに?」


 ……もしかして、一人でお出かけ!?


「……母さんが予約してた、結華の誕生日ケーキ……二人とも、ちょっと遅くなるらしくて、僕が受け取りに行ってて……その帰り……学校が、ケーキ屋さんから近かったから、もしかしたら結華に会えるかもって……」


 ってことはお兄ちゃんが持ってるこれの中身、私の誕生日ケーキなんだ……!


「そうだったんだ……ふふっ、受け取りに行ってくれてありがと! じゃあ、一緒に帰ろ!」

「ん……」


 二人で下っていく、帰り道の坂。

 お兄ちゃん、一人でこの辺りまで上ってきたってことだよね。体力も結構ついてきたとは思うけど……。


「……お出かけ、一人で大丈夫だったの? 危ないこととかなかった?」

「……大丈夫……結華、ちょっと大げさ……」


 でも、私を見つけるまで不安そうだったよ……?


「ほんとに? 私が帰ってきてから、一緒に行ったって良かったんだよ?」

「……ん……」


 お兄ちゃんはちょっと困ったように、声をくぐもらせた。


「……本当は……ちょっとだけ怖くて、そうしようか迷ったけど……結華の時間、削れちゃうから……テスト期間だし……」


 お、お兄ちゃん……健気! かわいい! すきっ!


「もう、お兄ちゃんってば優しいなあ……でも、勉強の心配はしなくて大丈夫! 5教科はずーっと予習復習してるから、テスト前はいつもよりちょっと副教科に力を入れるだけでいいの!」

「……そうなんだ……結華は、やっぱり努力家だ……」

「えへへー、当然だよ! だってお兄ちゃんのヒーローだもん! 家事をいっぱい手伝ってくれてるんだから、その分私はいっぱい勉強して、お兄ちゃんとの幸せを掴み取れるようにしないとね!」


 今では大体の家事をやってくれてるから、とっても助かってる! 料理は私が見守りながらだけどね!


「……僕も、もっと頑張る……一人で外出くらい、普通にできないと……」

「慌てなくても、ゆっくりでいいんだよ?」

「……でも、この調子だと……やっぱり、結華にかける負担が、大きい気がする……」


 お兄ちゃん……ちょっと、真剣な表情になってる。


「……結華に助けられて、守られて、支えてもらってるの……恥ずかしさは消えないけど、本当に嬉しくて……でも、何も返せてないのかもって、ときどき思う……」

「そ、そんなに気負わなくていいって! 逆に、お兄ちゃんがいつも一緒にいてくれてる分を、私がなんとか返そうとしてるんだよ?」

「……結華が僕を、愛してくれてるってことは、ちゃんと感じてる……僕も、自分を否定してるわけじゃなくて……ただ……結華の負担を減らせる力は、少しでも欲しい……」

「そっか……うん、そう思ってくれるの、とっても嬉しいな! でも私は、やっぱりお兄ちゃんのことが一番大事だから……無理だけはしちゃダメだからね?」

「……ん……ありがとう……」


 お兄ちゃんにはもう、いっぱい心を支えられてるんだけどね……! だってお兄ちゃんのためだったら、どんなに大変なことだってできちゃいそうだもん!

 やっぱりお兄ちゃんは、自分のかわいさにあんまり価値を感じてないみたい。見合うだけのものを返せてないのは、私のほうなのに……。

 お兄ちゃんが私から離れていっちゃうんじゃないかって、ほんとにたまにだけど、不安になっちゃう。

 もっと力を持ってる、ヒーローにふさわしい誰かのところに行っちゃうんじゃないかって……。


「……結華……?」

「あっ、な、なんでもないよ!」

「……不安にならなくても、いい……無理はしないから……」


 ちょっと、私がお兄ちゃんに心配かけてどうするの! これじゃほんとにお兄ちゃんのヒーロー失格だよ!


「えへへ……暗い顔しちゃって、ごめんね? 誕生日なんだから、明るくいかないとね!」


 そう、今日は私の14歳の誕生日。帰ってから、楽しいイベントが待ってるんだから!




「……結華、そろそろ大丈夫かな……?」


 勉強がひと段落したころに、お兄ちゃんのノック。お誕生日祝いのごちそう、一緒に作る時間だね!


「大丈夫だよー……わっ……かわいい……!」


 ドアを開けたら、お兄ちゃんのエプロン姿が、いつもと違う……!? 黒じゃなくて、水色だ!


「……ありがとう……」

「とっても似合ってる! それ、お兄ちゃんが縫ったの!?」

「……うん……えっと、結華のもある……」

「えっ……!」


 お兄ちゃんが両手に乗せてるのは、同じ水色のエプロン……!


「……プレゼント……普段使う、おそろいのにしたくて……気に入ってくれたら、いいけど……」

「お兄ちゃん……ありがとう……!」


 受け取って、さっそく着たら……ああ、私、今とっても幸せだよ!


「……結華、お誕生日おめでとう……その……これからも、僕のヒーローでいてくれたら……嬉しい……」


 照れくさそうに微笑むお兄ちゃんが、愛おしくてたまらなくて……思わず、また抱きしめちゃう!


「当たり前でしょ! こんなに、こんなに愛してるんだから……! だからお兄ちゃんは、これからも私のヒロインでいてね!」

「……うん、頑張る……えへっ……」


 幸せいっぱいなお兄ちゃんの笑顔は、私の不安を全部吹き飛ばしちゃって……もう、私が今感じてることは一つだけ。

 私のお兄ちゃんは、世界一かわいい!

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私のお兄ちゃんは世界一かわいい きるは(Quilha) @Quilha

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