3.ヒーローじゃなくたって、大丈夫だよ①

 今日は土曜日。お母さんもお父さんも昼間はいなくて、お兄ちゃんと一番長く過ごせる日!


「お兄ちゃん、入るね!」


 ノックしてドアを開けると、ゲームをする手を一旦止めて、私のほうを向いてくれる。

 ああ、もう二か月もたってるのに、このかわいさに慣れる気配が全然ないよ。お顔が目に映った瞬間、いっつも気分がふわふわしてきちゃう……!

 でも……今日は同時に、嫌なことも思い出しちゃってた。


「……ん……どうしたの……?」

「え? う、ううん、なんでもないよ!」

「……でも、心配事がありそうに、見えた……」

「ううっ」


 ダメだった……お兄ちゃんに、気づかせちゃった。正直に言ったほうがいいかな……。


「えっとね、昨日お母さんとお父さんが、出会う前の昔話をしててね。そのときに、お兄ちゃんのことをやんわり聞いてみたら、興味持たないほうがいいよって言われちゃったの」

「……まあ……普通は、そう言うと思う……」

「もしかして、ちょっとでも聞いちゃダメだったかな。会ってること、ばれるかな……?」


 思い出してくほど、心のざわつきが、どんどん大きくなってきちゃう……。


「……結華はそれに、なんて返したの……?」

「うん、気にしないね、って」

「……じゃあ、多分大丈夫……そもそも……僕と一緒に、住まわせてる時点で、結構麻痺してるし……それ聞いて、安心してそう……」

「そうだといいんだけど……」

「……ん……」


 責任を引き受けるつもりのお兄ちゃんがそう言ってくれてて、なのに私は不安をかき消せなくて。

 せっかく一緒にいるのに、明るい顔を見せられないよ。


「……結華の趣味って、何……?」

「えっ?」


 いきなりの質問で、驚いた声が出ちゃった。お兄ちゃん、どうしたの?


「……いや……結構ここ来てるから、そっちがあんまり、できなくなってそうで……」

「わ、私が来たくて来てるんだから、そんなの気にすることないよ?」

「……でも、ゲームしてるの、見てるだけって……絶対、つまんないと思う……僕なら、嫌だけど……」


 そんなことないよ! お兄ちゃんと一緒なら、何してたって楽しいよ?

 今は、こんな顔しちゃってるけど……。


「……この部屋でも、できることなら……自分の趣味してても、別にいい……」

「それじゃ、お兄ちゃんの隣でおしゃべりできないじゃん!」

「……ん……じゃあ、僕がゲーム、やめとく……」


 えっ……ずっとやってるのに、やめるの?


「いいの? 一番の趣味なんでしょ?」

「……ただの、暇つぶしだし……」

「でも、ずっとやってるんだよね?」

「……引きこもってたら、ずっと暇だから……広く浅く、って感じで……そんなにこだわりとかも、ない……結華の趣味を見てるのも、新鮮で、悪くなさそう……」


 ……そっか。お兄ちゃんの言葉に、甘えちゃおう!


「えへへ……じゃあ、道具持ってくるね。お兄ちゃん、ありがと!」

「ん……」


 いつものくぐもった小声を出して、視線を逸らしてる。お兄ちゃん、私の様子を見て気分転換させようとしてくれたんだ。

 ずっとそっけないけど、たまにさりげなく優しくて……私がお礼を言うと、ちょっと照れてるように見えて、やっぱりかわいい。




「じゃーんっ!」


 持ち上げてお兄ちゃんに見せたのは、自慢のソーイングキット。

 外に持ち運ぶにはちょっとかさばる大きさだけど、お兄ちゃんの部屋までなら全然問題なし!


「……裁縫、するんだ……何作るの……?」

「そうだねー、お兄ちゃんの部屋での一作目はね……一緒にご飯食べるときに使う、おそろいのランチョンマットにしようかなって。どの色がいいかな?」


 いくつか見せたのは、無地の生地。部屋を見てる感じだと、あんまり柄物は好きじゃなさそうだからね。


「……ん……水色が、いい……」

「ふふっ、気が合うね。私も水色、好きだよ! じゃあ始めてくね!」


 テーブルに広げて、生地を裁ち始めると、お兄ちゃんが前に座ってきて……そ、そっちに集中しちゃいそう!


「……裁縫は、いつからやってるの……?」

「ちょっとした手直しとかは、小さい頃から家事手伝いでやってたけど……趣味になったのは、中学生になってから。前の中学校では家庭科部だったんだけど、手芸も活動の内に入ってて、それがきっかけなの」

「……ああ……そういえば、結華って、中学生か……そのわりに、純真無垢っていうか……結構、幼い……」

「ええっ、そ、そんなことないもん!」


 ……ほんとに、そんなことないよ? 見た目はともかく、中身は作りまくりだよ?

 もう意識してない瞬間が全然なくて、なんだか無意識になってきてる気がたまにするけど……。

 ていうか、私が純真無垢に見えてるお兄ちゃんのほうが、よっぽど純真無垢に見えてきて……からかいたくなっちゃった。

 こんなのしたら、照れてくれそう……一旦止めた手を、胸に置いて、こう!


「ほら、こことかねっ?」

「っ……」


 わ……! お顔が赤くなってるの、初めて見た……!

 すぐにうつむいちゃったお兄ちゃんの息が聞こえてきて……私のほうが、ドキドキしちゃうんだけど!?


「……そういうの……大人に、普段してるの……?」

「えへへ、してないよー?」

「……僕、一応21だから……」


 こんなの、子どもにだってしてるわけないじゃん! お兄ちゃんがかわいすぎるせいで変な気分になっちゃったの!

 確かに、お兄ちゃんって大人なんだよね……どうしたって、そうは見えないけど。


「……それ、結構危ない……」

「大丈夫、ちゃんと分かってるから。危険はなるべく避けてるし、自分の身を守る方法だって、お母さんにちゃんと教えてもらってるんだから。私、こう見えてしっかりしてるんだよ!」

「……ん……確かにその歳で、家事もできるし、すごい……見た目と雰囲気で、侮りそうになるけど……」


 お兄ちゃん、もう落ち着いちゃった……私への接し方、やっぱり実際の年の差くらいの距離感だよね。

 もっとこの距離を縮められたらいいのにな……。


「ふふっ、学生としても優秀だよー。勉強も運動もできるし、努力だって欠かしてないもん。将来は、絶対幸せになりたいからね!」

「……そっか……立派だと思う……夢とか、あったりする……?」

「うーん、そうだなあ……」


 ずっとこんなキャラしてる私でも、語るのは恥ずかしくなる夢。でも、お兄ちゃんには話す気になって。


「私が目指してるのは、かわいいヒロインなの。愛してもらえるヒロインになって、人の幸せのために頑張る、かっこいいヒーローのそばにいたい……それが、私の夢!」

「……ん……」


 お兄ちゃんは……全然、かっこいいヒーローじゃないなあ。見た目だけの話じゃなくてね?

 自分より私のためのことを考えてて、気を遣うところだってときどき見せてくれる。だけどひ弱で無気力で、人のことを守ったり、リードしたりとかは絶対できないよね。そもそも引きこもってるし……。

 でも、このあどけなくて綺麗なお顔を眺めてるだけで、最っ高に幸せ! 見た目だって普通にかっこいいほうがタイプだったはずなんだけど、あまりのかわいさに塗り替えられちゃったのかな……?

 それとも私が、自分のほんとのタイプに気づいてなかっただけ? まあ、どっちにしたって……。


「……とってもいい夢……結華なら、きっと、なれる……今だってみんなに、愛してもらえてそう……」

「えへへ……ありがと!」


 うん。こういう穏やかな優しさまで持ってるんだから、別にそんなこと、どうだっていいよ!

 サイズが整った生地を、今度は縫い合わせ。このランチョンマットは2枚の生地で仕立てるの。さあ、完成に向かって集中!

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