2.楽しい時間、いっぱい過ごしてこうね②
引っ越してから1か月もたってないとは言っても、お兄ちゃんの部屋は想像してたのとは逆に、とっても綺麗。
その真ん中には、一人用にしては大きいローテーブル。でも、二人で食べるのにちょうどよくて、助かったよ!
「いただきまーす!」
「……いただきます……」
まずはポテトサラダから口にして……うん、最後に足したマヨネーズがいい塩梅にしてくれてる。まあ自分で作ってるんだから、自分の好みの味付けなのは当たり前だけどね!
他のも味を確かめて……大丈夫、全部成功! ミネストローネのトマトの食感もちょうどいい残り方。ポークソテーにはやっぱり、マスタードソースが一番合うよね。
問題は、これがお兄ちゃんのお口に合ってるかどうかだけど……あれ? ちょ、ちょっと待って?
「お、お兄ちゃん、ずっとお米しか食べてなくない!?」
「……ん……ダメ……?」
「いやその、ダメっていうか……最初に炭水化物からとってたら、太っちゃうとか聞くし……」
確か、血糖値がどうとか……お兄ちゃんは痩せてるけど。まったく運動してないはずなのに……。
「ていうか、普通はおかずと交互に食べたり……しない……?」
うーん、どうなんだろ……? お兄ちゃんの食べっぷりに全然迷いがなくて、自信がなくなっちゃう。
おかずが隣にあっても、白ご飯だけ味わい続けて満足できる人って、実は多いのかな……?
「……普通がどうか、僕には、分かんないけど……少なくとも、僕はしない……」
「そうなんだ……お米だけ食べてても、十分おいしいってこと?」
「……うん……まあ、喉通るから……」
ど……どういう意味? 今、お兄ちゃんの細い喉は、ご飯を通すために動いてて。
……え、まさか、喉を通るもののことを全部おいしいって言ってる……!?
「……お米だけだと、私はちょっと物足りなくなっちゃうんだけど、そういう感覚とかは?」
「……ないかも……あ……なんか聞き覚えあるって思ったら……小学校の先生が、似たようなこと、言ってた……三角食べ……別に味、変わんなかった気が、するけど……いや……あれは、味の話じゃ、なかったような……」
「そ、そっかあ……」
「ん……多分僕、貧乏舌、ってやつだから……」
ほんとに喉を通るだけでおいしいなら、もう舌がどうとかって関係なくなっちゃってる気がする……!
「じゃ、じゃあその、これはおいしくないなあとか思ったこととか、ないの?」
「……それも、多分ない……うん。えっと……例えば、小さい頃……父さんがよく、近所のスーパーで、弁当買ってきてて……超安いぶん、超まずいって、有名だったとこ。けど……給食とかとの、味の違い、何も分かんなかった……ちょっと喉は、通りにくかったけど……」
私の努力って……一体……?
いや、お兄ちゃんだけに食べてもらうものじゃないって言ったら、そうなんだけど……。
「……まあ……一緒に食べてた父さん、もう耐えられない、って呟いてから……自分の分の弁当は、よそで買うように、なったから……まずいっていうのは、本当だったんだろうけど……あ」
お兄ちゃんは喋ってる途中で、元から大きな目を見開いて。
「……味がどうとか……これまであんまり、考えたこと、なかったけど……もしかしたら……喉を通りやすければ、通りやすいほど、おいしいってこと……? じゃあ、結華の料理は……あれより、おいしい……」
「あ、ありがとう! えへへ、嬉しい……」
……どっちかっていうと、嬉しいっていうよりは、ほっとしちゃったけどね!
お兄ちゃんの味覚が一体どうなってるのかよく分からなくて、ほんとに安心していいのか微妙だけど。舌じゃなくて、喉で味わってるの……?
でもどっちにしたって、まずくて有名っていうスーパーのお弁当と一緒とか言われちゃったら、いくらなんでもへこんでたと思うし……素直に喜ぼっか!
うん、やっぱり嬉しいな……それにお兄ちゃん、初めて私の名前を口にしてくれたよ!
「……ごちそうさま……」
「えへへ、お粗末さまでした!」
食器を片付けながら時計を見たら、お母さんとお父さんが帰ってくる時間が、思ってたよりも近づいてた。そろそろ温めなおしに行ったほうがいいかな?
「お兄ちゃん、お部屋に入れてくれてありがとっ! ばれないようにするから、また来てもいいかな?」
「ん……」
あれ……やっぱり、嫌なのかな……?
「……普段は、読書とか、一人用のゲームとか……そういうのしか、してないから……あんまり、中断もしたくないし……」
「そ、そっか……ダメかあ……」
きっと、大切な趣味だもんね……邪魔したら、ダメだよね。
ゲームをするお兄ちゃんも、ほんとは見てみたいけど……集中してるときのお顔を、横からそっと覗いたり……とっても綺麗でかわいい気がするのに。
「そっかあ……」
「……いや……ダメとは、言ってない……」
「い、いいの!?」
「……一つだけ、条件……もし、ばれちゃったときは……全部、僕のせいにして……」
「えっ? ど、どうして……?」
私のせい、じゃなくて?
「……ちょっとでも、自分に非があったように、言ったら……結構、束縛されると思う……」
「で、でも、それってお兄ちゃんはどうなるの? 追い出されたりするんじゃない?」
「……ん……」
お兄ちゃんが、目をつぶっちゃった。
ずっと無表情に近いから、どうしてもこの大きな目からしか感情を読み取れないんだよね……。
「……大丈夫……結華の言った通り、家族だから……多分そこまでは、されない……そういうのは、気にせずに、入ってきていい……」
「あ、ありがと……! いや、でもお兄ちゃんの心配はするよっ!?」
私、そっちのほうが心配だよ? お兄ちゃんが不安じゃないならいいけど……。
でも……これからはお兄ちゃんと、ときどきでも一緒にいられる! そう分かった瞬間、さっきから輝いてた視界が、もっとキラキラしてきた気がして。
「ん……心配するだけなら、いいけど……」
お兄ちゃんのほうは、どういう気持ちなんだろう? 少しだけでも、喜んでくれてるかな?
きっとそのうち、ちゃんと感情を分かってあげられるようになるよね。だって、ずっとお顔を見てられるんだから!
お兄ちゃん! 楽しい時間、いっぱい過ごしてこうね!
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