私のお兄ちゃんは世界一かわいい

きるは(Quilha)

1.楽しい時間、いっぱい過ごしてこうね①

 少し背中を丸めてて、身長は170センチもなさそう。黒いスウェットを着てるから、肌の白さが目立ってる。

 逃げるみたいに自分の新しい部屋に閉じこもるまで、ずっと顔をうつむけてて、目が合ったのはほんの一瞬だったけど……。


「……かわいい……」


 ドアが閉まる前のその一瞬で、突然胸がトクンってなって、思わずそう呟いちゃった。

 鼻がちっちゃくて、目がおっきくて、襟首まで伸びてる髪はさらさらしてて……現実離れしてるように見えて、でも想像の限界を超えてて。

 考えてたことが全部吹き飛んじゃったところに、新しいお父さんが苦笑いしながら言った。


「ははっ、一応ここがれいの部屋ってこと。結華ゆいかちゃんは兄妹になったからって、玲と関わったりしなくていいからね」


 兄妹……そうだった……! 真っ白になってた頭の中が、ゆっくり動き始めて。


 高崎たかざき家として一緒に引っ越した、中1の春休み。そのとき、私は出会ったんだ。

 一見すると完全に『美少女』、だけどほんとは21歳の美青年……そんな、世界一かわいいお兄ちゃんと!



 ◆



 今日の晩ご飯は、ポークソテーとポテトサラダに、ミネストローネ。

 このキッチンの使い勝手が分かってきて、4人前の分量にも慣れてきたせいか、思ってたより早くできちゃった。お母さんとお父さんが帰ってくる時間には、一度温めなおさないとね。


「お兄ちゃんには、できたてを食べてほしいな……」


 私の料理、おいしく食べてくれてるのかな? いっつも心配……。

 アレルギーは特にないって聞いてて、毎回お皿は全部空になって返ってきてるけど、きっと好き嫌いはあるよね。自分の部屋で食べてるから、後から調味料も掛けられないし……。

 そう、お兄ちゃんは重度の引きこもり。自分の部屋すらほとんど出ないし、お風呂に入るときとかも家族に見られないようにしてるから……引っ越しの日以来、私は一度もあのかわいいお顔を見れてない。

 それどころか、私はお兄ちゃんと顔を合わせるのを禁止されてるんだよね……そういう心配するなら、なんで一緒に住まわせてるの!? だから、せめて私は親に見られないように、ご飯をお兄ちゃんの部屋の前まで持ってってるの。


「お兄ちゃん、晩ご飯できたよー。あったかいうちに食べてね!」


 ドアの横にトレイを置いたら静かにノックして、そう話しかけてみた。

 ……返事がないのは、いつも通り。だけど今日は、そこからつい口走っちゃって。


「ねえ、お兄ちゃん。えっと……お部屋の中、入れてくれないかな? きゅ、急にごめんね! でも今日は、お母さんもお父さんも、まだしばらく帰ってこないはずだから」


 それでも返事はなくて、それどころか物音も立ててくれないよ……。


「あのね、お兄ちゃんのお口に合ってるか、いっつも不安で。嫌いなもの入れちゃってないかとか、好みの味付けにできてるかとか。だから、感想、聞いたり……食べてるとこ、見てみたりしたいなーって……思ったり……」


 ……やっぱり、ダメだよね。うん、分かってた。


「……ご、ごめんね、わがまま言っちゃった! お兄ちゃん、気にしないでねっ」


 そう言って、キッチンに戻ろうとしたら。


「あ……」


 ゆっくりドアが開いて、目が合って。

 言葉が何も出てこなくて、心の準備が足りてなかったことに、今気づいちゃった。

 だって、記憶の中より、何倍も……。


「……なんで、僕に構うの……」


 初めて聞く、お兄ちゃんの声……!

 大人の男性にしてはかなり高くて、思春期前の男の子っぽく聞こえる。声変わりしなかったのかな? 喉仏、出てないし。

 でもゆったりしてて、ふんわりしてて、頭の中にじんわり染み渡ってきて、なんだか落ち着くような感じ。って言っても、かわいすぎるお兄ちゃんの前では、なかなか心が落ち着かないけど……!


「……会っちゃダメって、父さんと母さんは、言ってない……?」

「かわいい……」


 何か言おうとして、止まってる息に気づいて吸い込んだとたんに、あのときと同じ呟きがこぼれちゃった。

 だってその言葉を口から出さないと、胸から溢れだす感情をなんとか飲み込もうとして、呼吸が止まったままになっちゃうから……。


「……ん……なんて……?」

「あっ、ううん! なんでもなくて」


 お兄ちゃんはずっと無表情だけど、もしかして怒ってるのかな……?

 コンプレックスなのかもしれないし、かわいいとか、うかつに言っちゃダメかも……。


「確かに二人とも言ってたけど……私たち、家族じゃん。お兄ちゃんに構うのなんて、当たり前だよ!」

「……血がつながった家族でも……避けることあるし……家族だからって、無理に構う必要、ないと思う……というか……僕みたいなのに、構ったら……嫌な思い、するから……」

「そ、そんなことないっ!」

「っ……?」


 ダメ……大声出しちゃった……! 口を手でふさいで、お兄ちゃんの顔に視線を戻すと……ああっ、びっくりさせちゃってる。

 表情はほとんど変わってないけど、ぱっちりしてる目から、感情がちょっとだけ覗いてる。


「えっと……ごめんね。怒ってなんかないからね! でも、嫌な思いなんて絶対、絶対しないよ?」

「……そう……」


 ……あれ。これは困ってる顔なのかな……それとももしかして、照れてる? そうだ、チャンスかも!


「……だから、お願い! 私のご飯を食べてくれてるとこ、お部屋で見せてほしいな?」

「……ん……」 


 お兄ちゃんは顔をうつむけて、くぐもった小声を出して、それから黙りこくっちゃった。

 ど……どうなのかな? ドキドキしすぎて、どうにかなっちゃいそう……!


「……分かった……入って、いい……」

「ほ、ほんと!? ありがと……ありがとっ、お兄ちゃん!」


 やった……お願い、聞いてくれた!

 はやる気持ちを何とか抑えながら、ゆっくりトレイを持ち上げて。


「はい、これっ! 私の分も持ってくるから、一緒に食べよ!」

「ん……別に、いいけど……」


 お兄ちゃんが、晩ご飯を直接受け取ってくれた……私、今とっても幸せだ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る