第3話 突然のスランプ
文芸同好会が発足して2ヶ月が過ぎた。メンバーはあれから2年生の先輩が3人、1年生が2人加わり、更に3年生の現国の先生が顧問になって下さった。秋になると俳句や短歌の甲子園、高校総合文化祭の文芸部門の応募がやってくるので、今から皆で色々準備していかないといけない。3年生の先輩は春で引退になっていたけど、受験勉強の息抜きを兼ねてたまに同好会に来てくれていた。美千香ちゃんは演劇部とかけ持ちしているので、演劇の台本を考えるのに忙しくしていた。牧野先輩は短歌甲子園に向けて、どんなお題が来ても大丈夫なように研究している。相川君と私は小説を書くことにした。私は高校生童話大賞の方も視野に入れていた。「カエルの幸せ花屋」をそちらに出すことにした。羽瀬先輩と橘先輩は作品を読んだり見たりして、顧問の斉田先生と一緒にああしてはどうか、こうしてはどうかとアドバイスしている。先輩達も小論文を先生に見てもらっていた。私はそんな風景を見ながら、高総文祭に出す小説のテーマをどうするか考えていた。ある日、学校に行く前に母が「久々に早く仕事片付いたから、今日の夜は外に食べに行こう。何が良い?」と聞いてきたので、私は小さい頃良く食べに行ったレストラン行きたいと言った。そう言えばママはどうやって小説書いているんだろ。レストラン着いたら相談してみよう。その日は授業を聞いていたのか聞いてなかったのか良く覚えていない。同好会が無かったのも幸いして、学校が終わると直ちに帰宅した。制服を着替え、ママが呼んでいたタクシーに二人で乗り込んだ。ママが行き先を運転手さんに告げると、ゆっくりと走り出した。途中、ママに電話がかかってきた。話を聞いていると、次の作品についての取材や構想についての打ち合わせのスケジュール確認らしい。ママが電話を切ると間もなく目的地のレストランに着いた。ここに来るのも随分久しぶりだ。最後に来たのは中学校入学した時じゃなかったっけ。中学校時代はママがとにかく忙しくて二人でゆっくり話す時間も無かった。今はママも要領良く仕事を捌けるようになったので、最近は夕飯も作ってくれたり、朝はお弁当も作ってくれる。おかげで私も勉強に作品書きに専念できるからママに感謝だ。レストランのオーナーのおじさんとおばさんが覚えていてくれて、オーダーを聞きに来たときに私が高校生になったのを見て「花笑ちゃん、大人びたねぇ。私達も年を取る訳だ。」と笑った。おばさんが「花笑ちゃん、今日はどうするの?」と聞いてきたので、私は「いつものポークソテーとデザートにチーズケーキ!」と言うと、おばさんは「花笑ちゃんはうちのポークソテーが本当に大好きだものね。」と笑って厨房に入っていった。料理を待つ間に、私はママに「聞きたい事があるんだけど…。」と切り出した。ママは「どうしたの。急に改まって。」と言ったので、私は学校で文芸同好会を立ち上げた事、高総文祭の作品書きに悩んでいる事、ママがどうやって作品を作っているのかを聞きたいと話した。ママは「一作家の意見ではあるけど、ママだって悩むことはあるわよ。どんな作家でもスランプは必ずある。でもひたすら書かないと落ち着かないのも作家なのよ。花は今どんなストーリーを書きたいの?まずはそれをしっかりまとめてみたら?ママが時間ある時に見てあげるから。」と言った。私はママの言葉に「うん。分かった。」と返事をしながらも気分は重かった。そのうちに料理が運ばれてきて私は中学生以来の味を頬張った。じんわりと口の中にポークソテーの旨味が広がり、幼い頃から馴染んだ変わらない味に至福の時を堪能した。デザートのチーズケーキも完食し、ママがお勘定していると、「美咲先生!」と誰かがママに話しかけてきた。どうやら何処かの新聞社か雑誌社の編集の人らしい。「この間は急な執筆依頼を引き受けて頂いて本当に助かりました…。」と話をぼんやり聞いていると、「あれ?井之坂じゃないか。」と聞き覚えのある声。振り向くと何と相川君だった。「偶然だな。誰かと食事に来たのか。俺もこれから親父とメシなんだよ。」「そうか〜。私はママと二人で食べに来たの。パパは私が生まれる前に事故で亡くなったから。レジのとこで話しているのが私のママ。食べ終わったから帰るとこ。」と言うと、相川君は「そうなのか。」とちょっと深刻そうな声で言った。私は「ずっとひとり親家庭で育ったから、私は何とも思ってないよ。そんな深刻にならないで。」と明るく言った。相川君は「そうだな。悪かったよ。あ、ちなみに井之坂の母さんと話しているのが俺の親父だよ。井之坂の母さんが美咲マヤとはなあ。でも、お前の書いたストーリー読んだら納得だな。井之坂もやっぱり作家の娘だな。」と笑った。「作家の娘」と言う言葉にまた気持ちが重くなった。書かないといけないのに書けない。何で「カエルの幸せ花屋」の物語を書いた時みたいに書けないんだろう。あれこれ考えている内に私達の親同士の話は終わったらしい。相川君はお父さんの方へ行き、私のママは私に近づいてきて「さあ、帰ろう〜。」と明るく言った。そう言えばママ、ちょっとワイン飲んでたっけ。ママが手を上げるとちょうど良くタクシーが止まった。ママが家の住所を告げるとタクシーがゆっくりと走り出した。「さっき話していた男の子、この間ママに仕事依頼してきた雑誌社の編集さんの息子さんなのよ。花笑、知っているの?」とママが聞いてきたので「高校のクラスメートで、文芸同好会の立ち上げに協力してくれた子だよ。一緒に小説書いているんだ。」と答えると「ほお~。それはそれは。何と言う偶然。」とママがニヤニヤして言う。意味深な物言いに私は「相川君はただの文芸友達。何にもありませーん。」とおちゃらけて言った。そうしているうちにタクシーが家の前に着いた。ママが運賃を運転手さんに渡し、タクシーを降りて玄関の鍵を開けて家に入る。お風呂を沸かしている間、私は自分の部屋に入り、ノートを広げ、思い付いた言葉を書き出した。友達、恋、片思い、複雑、泣きそう…書いているうちに惨めになってきて、書くのを止めた。もうどうしたら良いか分からなかった。そのうちにママが下から「お風呂沸いたよ~。」と知らせて来たので、パジャマと下着を持って下に降りた。シャワーを浴び、頭と体を洗い流し、湯船に浸かる。いつもなら気持ちいいはずなのに、何故かこの時はちっとも気分がほぐれなかった。これがスランプの始まりだった。
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