第12話 : 治療院での実習
私が以前働いていた教会でも地域の方を対象にした疾病治療は行われていました。
ただし、連日という訳ではなく、治療系の魔法が使えるシスター数名が週一日巡回してきて、怪我や病気の治療をしていたのです。私自身は教会奴隷として働く前、孤児院でお世話になっていた十歳くらいの時から患者さんの整理や治療後の寄付金集めなどをしていました。
ですから床に血痕があったり、患者さんが唸る声が聞こえてきたりということは日常茶飯で、治療院はこんなものだと思っていたのですけど、魔法学校で学ぶのは上流階級やお金持ちの子弟がほとんどですからこの景色はショッキングだったのでしょう。
「あ、あの……」
「私の周りに並びなさい」
これが治療の最前線の事実であることを受け入れられないのでしょう。言葉にならず、戸惑っている殿方やお嬢方様に対して先生は淡々と指示を出します。
目の前にいる若い男性は動いている馬車にでもぶつかったのでしょうか。上腕があらぬ方向を向いて曲がっています。今は服で見えませんが、恐らく酷い内出血もあるでしょう。
「服を脱がせて」
先生が本物の看護師さんに指示を出すと予想通りの状態でした。
「「ウッ、ゲッ……」」
「ここで吐くんじゃないよ。これが本物の現場だ、よく見ておきなさい」
かなりの重傷に男女問わず何人かが口を押さえています。
「目を逸らすな!」
周りを見れば冷静そうなのは私だけ……
「こうやって患部に手を添える。触れなくても良いが極力肌の近くまで手を持ってくるように」
そう言いながら、先生は患部に魔力を注いでいます。
魔法はイメージの産物ですから先生の頭には現在の骨の様子と治癒後の様子が同時に浮かんでいるはずです。複雑骨折なら簡単な透視も必要ですけど……
同時に痛み止めの魔法も施しています。魔力の流れは脳にも入っていることが私には感じられます。聖女になる前は分からなかったのですけど、今ならはっきり分かります。
徐々に骨が動いて元の形に戻っていき、一部は修復と癒合が始まっています。
田舎の治療院だとここまでが精一杯で、あとは添え木をして回復を待つか、次の治療日にもう一度魔力を流せば完治せずともだいぶ良くなるはず──今までなら間違いなくそうだったのに──流石は学校の先生です。その二回分の処置を一回でこなしていました。添え木を一週間もしていれば完治する程度まで修復しています。
先生はそれらを細かに解説していますが、聞いている生徒達は恐らく理解できていないでしょう。こういう状況は場数が物を言う部分もあるのです。
「次は皆の実践だよ」
さすがにこれだけの重症患者を治療させることはしません。
小さな子供のかすり傷や捻挫などを魔法で直していきます。
それでも顔が青くなっている生徒がいますけど、これも慣れでしょう。
「……」
無言のまま倒れた生徒がいました。
この様子を見て貧血を起こしたのでしょう。
「大丈夫か」
先生の声が掛かりますが頭を打っていないので、大したことでは無いと思います。が、相手は上流階級ですから放っておく訳にはいきません。
仕方がないので私が彼女の手を握り、少しだけ魔力を流し込みました。
脳貧血だから横になっていれば直るはずですが、私達は治療を施す立場です。彼女だって立派な患者だから回復させておかねばならないでしょう。
「んっ」
魔力を流し込んだついでに体内に簡単なサーチをかけたら元々の貧血が酷いことがわかりました。
この人はぽっちゃり気味の体形ですから体質だけの問題ではなく、減量のため食事を減らしていた可能性があると考えられました。この年頃になるとそろそろ婚約する人も出てくるため、誰かに見初めて貰うための努力をしているのかも知れません。
いずれにせよ、貧血のような病気は魔法では治癒できません。
造血細胞を活性化できても栄養状態の改善は魔法では行えないのです。
ひとまず疲労軽減の魔法を掛け、その場だけは動けるように治療しておきます。
後でエミーニア先生に彼女のことを伝えておこうと思いながら残った患者達の治療を進めていきました。
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