第6話 : 魔法学校での暮らしが始まる

 王立魔法学校は田舎の教会住まいだった私でも知っているこの国の最高学府です。

 王城の近くに広大な敷地を有し、貴族の子弟や全国から選りすぐりの才能ある平民が通っています。

 通常は魔法を使える能力の発現が終了すると言われる十二歳から十六歳までの四年間が一般教育期間で、その後希望者は二十歳までの任意の期間専門教育を受けることができます。

 私は十五歳ですからあと少しで一般教育期間が終わってしまいます。専門教育を受けるには一般教育の修了か特別な推薦状が必要だということです。



「『祝祭の聖女』様、ご用意ができました」


 流石は陛下直々に入学を勧められただけのことはあります。

 あれから警護の都合上、私は王城近くにある学校の特別学生寮という名の一軒家をあてがわれ、教会住まいは馴染む間もなく終わってしまったのでした。

 外国の要人や地方の大商人の子弟が住む区画なのだといいます。因みに部屋は食堂と寝室、それと勉強部屋の他に応接室、更にメイドの部屋まで備えられています。雑魚寝の環境からすると凄すぎる進化です。


 ここには全部で十軒が建ち、それぞれに警備の人がいるそうです。私の所にも王城から派遣された警備兵が数名仕事をされていて、その他にオールワークスのメイドさんが一人着任しています。



 ここに住み始めた翌日から魔法学校に通うことになっています。

 因みに一般教育期間での編入扱いとなり、正式にクラスに入れてもらえるまでの一ヶ月間は完全に別メニューでのマンツーマン指導を受けることになるとそうです。


 四年間の勉強を一ヶ月でできる訳がないと思っていましたら、この学校では魔法だけでなく読み書きや科学などの一般教育もしているため、ある程度の常識を持っていればそんなことは難しくないから安心して大丈夫だと王城で言われました。

 魔法以外のことも知っておけと言われる方が遙かに大変だと思うのは私だけでしょうか。


 ともかくも今日から学校へ通うことになりました。


 王室が用意してくれた馬車は簡素な物でした。最初はあまり目に付かない方が良いと言われ、それならば徒歩で通いたいと申し出たのですが、『祝祭の聖女』にそんな扱いはできないと即座に却下され、一頭立ての「コート」と呼ばれる二人乗りのものが用意されていました。


 そして脇には……


 警護用のメイド服を着たジョナさんが座っています。

 この服は一見するとパンツスタイルのメイド服なのですが、ありとあらゆる場所に武器が仕込んであり、それらが全てバフで強化されています。

 ジョナさんは教会から派遣されている身分のまま、私のメイド兼護衛として一緒に学校に通うことになっています。王室と教会というこの国を動かしている双璧が共同で『祝祭の聖女』と繋がっていることを示すことが重要だとかなんとかいう話でした。


「アンジェ様、もう少しで到着します」


 流石に学校で『祝祭の聖女』呼びはしないことになっています。

 というか、私が学校を卒業するまではこの呼び方は厳禁だと王室と教会から厳命が下っているのです。

『祝祭の聖女』が実在するとなれば、学校どころか世の中がパニックになりますし、私を狙って他国から誘拐やら暗殺やらが行われる可能性があるので、王室と教会トップ、この学校の限られた上層部、それと私の魔力査定をした人達以外はこのことを知らない筈だと言われています。


「到着しました」


 馬車から降りるのに彼女の手を借ります。まるでどこかのお嬢様になったようですが、その実感は全然ありません。そもそもお客様として馬車に乗ったこと自体がつい最近初めて経験したのですから、降りる仕草も全然ぎこちないと自分で分かります。

 この学校には男性は略礼服、女性ではドレスタイプの制服があり、学年ごとに色分けされたコサージュを女性は肩に、男性は胸に着けています。私の学年だと深紅の物を身に付けることになっているそうで、今は芍薬の花を模したそれが肩に留めてあります。

 

「アンジェ様、ようこそ我が魔法学院へ」


 淡いグレーのスーツを身に纏った人間ならば三十路とおぼしき方が出迎えてくれます。

 ほぼ六十度のお辞儀、所作がとても美しく、嫌みな感じがしません。

『祝祭の聖女』という称号で呼ばれるよりも名前の方が嬉しく感じます。正直、様付けも止めて欲しいのですけど、立場上のこともあるでしょうからそれは無理なのだでしょう。

 つい先日まで、誰からも呼び捨てにされていましたから変化が激しすぎます。


 胸ポケットに小ぶりの名札があります。見れば「校長」の文字が。そんな偉い方がわざわざ出迎えてくれるなんて申し訳ありません。


「『祝祭の聖女』様に相応しい教育環境を用意してございます。不安な点は何なりと申しつけください」


 耳元で小さな声で伝えられました。この人は責任者だから私の正体を当然知っています。


 案内されたのは学校の応接室で、ジョナさんも一緒に並んで着いてきます。

 彼女の服はボディラインに忠実に作られているので、凹凸がはっきり分かります。サキュバスだと言うことは知っていますが、凹凸が全くない私とあまりに違うので情けなくなってしまいます。


「『祝祭の聖女』様、お待ちしておりました」


 そこに居たのはジョナさんに引けを取らない美しい女性。ジョナさんを色っぽいというのならこの方は美の中に潜む知性が溢れ出ている感じがしています。

 かなり先端が長く尖った耳がピンと立ち、よく見れば耳の下部もアゲハ蝶の羽根のように少し伸びています。エルフなのでしょうけど、只者ではない感が凄いです。


「副校長のエミーニアと申します。暫くの間専任講師を務めさせて頂きます」


 この方が私の専任講師となり丸々一ヶ月間、基礎的なことを座学で教えてくれるのだそうです。


「こういうことを申し上げたくないのですが、正直大変です。覚悟していてください」


 覚悟って……

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