第5話 : 初めての魔法
「其方が『祝祭の聖女』か」
こちらにそう問う男性は、初老にしてはとても豊かな髪をフワリと動かし、水色の瞳を私に向けてきます。王様と思うからオーラを感じるのか、それともそれだけの威厳があるから王になれるのでしょうか。
微笑みを取り繕っている顔を見せながら、声にはどことなく圧があります。
「はい、アンジェと申します。しかしながら今のところ聖女であるという実感は全くありませんし、今まで魔法を使えたことは一度もありません」
緊張していますけど、言うべき事は全部言わないとマズいと思っていました。
『祝祭の聖女』と呼ばれても魔法なんか全く使えませんし、あの魔導紙しか聖女の証拠はありません。
一応『祝祭の聖女』と呼ばれていることは知っていますので、それを認めたらあとは自分がダメダメであることを伝えておかないといけないでしょう。
「ふむ、そうか……レイスをここへ」
レイスと呼ばれた男性が脇の扉から入ってきます。上下黒の騎士服を着ていますが、本来の騎士服はグレーの筈ですから普通の人ではないのでしょう。
「陛下、お呼びでしょうか」
「『祝祭の聖女』の力を見せてもらえることはできるか」
「お任せください」
陛下ですって!
まさか……ですが、目の前にいるのは国王様だというのでしょうか。
レイスさんが指パチンとを鳴らすと、私の背丈と同じくらいの正方形で作られた木枠(立方体)が用意されます。中は空っぽでこれをどう使うというのでしょう。
「『祝祭の聖女』様、ワタクシからお願いがございます。この木枠の中で燃える火を想像してください。できる限り具体的に、思い浮かぶ限りの一番大きくて暑い火です」
そんなことをして、私に魔力が本当にあったらどうするのでしょう。
「心配は無用です。箱の周りは王立魔法団の精鋭が結界を張っております」
え、今王立魔法団って言いましたね。私でも名前くらいは知っている精鋭中の精鋭で、騎士団、支援団と並ぶ大エリート様達じゃないですか。そんな方々が結界を張るなんて……
周りを見れば部屋の中には数名の魔法使いらしき方が入ってきています。
やっぱり目の前の男性は王様で間違いないみたいです。
「『祝祭の聖女』様、どうぞ遠慮なく」
皆様の目が私に集中していることがわかります。やらないという選択肢はないのでしょう。
もの凄く緊張していると、また尿意を催しそうになります。女は度胸かと諦め、失敗したら失敗してこの場から解放されると思うと気が楽になってきました。
結界が張られた枠の中へ意識を集中します。
「出でよ、全てを焼く炎よ」
魔法がイメージの産物だと言うことは知っています。だから発動に詠唱なんて必要なく、それはあくまでも精神を集中させるためだけのものだとも。
それでも言葉で出せば、私が真剣に魔法を使おうとしていることをアピールできると思ったのです。そして、失敗してもこれだけ努力したのだということを見せるポーズであるとも言えます。
パンという小さな爆発音と共に赤い炎が枠の中一杯に広がります。
結界があるため衝撃波は来ませんが熱は伝わってきます。もの凄く熱い訳ではないですけど、それでも少し暑く感じます。周りを見ればレイスさんが目を丸くして、ポカンと口を開けています。
生まれて初めて魔法が使えたのですが、これで上手くいったのでしょうか。
火が現れてきたことは確かなので、失敗ではないと思いたいですけど。
「「素晴らしい」」
レイスさんと陛下が目を細めて声を出しました。想像以上だとも言っています。
レイスさんの話だと初めて魔法を使った人間がこんなことをできるというのは前代未聞だそうです。本来ならドラゴンの炎熱攻撃を受けても熱を感じることなどあり得ない位の強力な結界が張られているとのこと。魔力量が凄く多くて、きちんと制御できないと厄災を引き起こすことになると言われます。
自分でもこれだけの火を起こす行為はかなり危険だとわかっていますけど、どうやって制御すれば良いのかさっぱりわかりません。そもそも魔法が使えること自体が理解できないのですし。
「『祝祭の聖女』様、お話しがございます」
陛下の脇に立っていた方──高位貴族の方でしょう──が口を開きます。
「そのお力を国のため、大衆のために生かして頂きたく存じます。ついては王立魔法学校にて学んで頂くことを提案します」
「我もそれに同意するが、そなたの意見はどうだ」
陛下にそう言われて反論できる訳がありません。
「謹んでお受けいたします」
これ以外の答がありますでしょうか。
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