第4話 : 王城に無いもの
身体を洗ったら王城まで行くと言われます。
ジョナさんの手伝いで白いロングのワンピースを着させられ、足下は革のサンダルを履いています。以前はあちこちに穴が空いた貰い物の靴を履いていたので、こんな服を着ている自分が信じられません。
ここまで乗ってきた馬車とは明らかに格が違うものが門に横付けされています。コーチと呼ばれる二頭立ての豪華なもので、前後には護衛と思われる騎士の方がそれぞれ数名大剣を下げて整列しています。
そして、目の前には大主教様が対面で座っています。
「『祝祭の聖女』様、先程は名乗りませんでしたことをお詫びいたします。大主教のグリーンと申します」
乗合馬車とはあまりに違う乗り心地に驚きながら、ゆっくり進む馬車の中で自己紹介をする大主教様に頭を下げられました。
いや、そんなことをされると私がどう反応して良いかわかりません。とりあえず自分でも名乗らないとマズいと思い、慌てて
「アンジェと申します。よろしくお願いいたします」
とだけ何とか声に出しました。
それから祝祭の聖女に関していくつかのことを教えていただきました。
乗車した時間が十数分程度なので、多くを知ることはできませんでしたが、纏めれば
・祝祭の聖女はこれまで神話の中でしか語られたことのない伝説の存在であること
・全ての属性・系統の魔法を扱えること
・魔力量が通常の魔法使いとは比較にならないほど大きいこと
・国王と教会の庇護下に置かれ、外交上の役割も果たすこと
・民衆の模範となる行動を取らねばならないこと
・この国では法律で国王に次ぐ地位を保証されていること
以上のことを教えて頂きました。
祝祭の聖女という言葉は知っていました。というか、この国で知らない者はいないでしょう。あまりに有名なおとぎ話で、この国が危機に瀕した時に彼女が現れ、あらゆる問題を解決していくのです。シリーズ物になっており、盗賊や不良貴族、更には宇宙から来るモンスターまで聖女が退治することになっています。
時に危機に陥りながら、守るべきもののために命を賭けて彼女は皆を救っていくのです。
が、自分がそんな存在の訳がないと今でも思っています。
今まで魔法が使えることはないと思っていましたから、これは何かの間違いでしかない筈なのですが、だとしたらあの金色の紙は何なのだろうと考えると頭が働かなり、考えることを放棄してしまおうとする自分がいました。
そうこうしているうちに王城へ着きました。
大門ではなく、通用門から馬車のまま私達は通されていきます。
馬車が止まったのは城本体の車寄せなのですが、これまた正式な正面玄関ではなく、隣にある副玄関と呼べる小さな(とはいえ人が五人は並んで入れるような)扉がある場所でした。
衛士が数名いて、そこにメイド服を着た女性がいました。
通常のメイド服とは違いドレスに似た服ですが、色使いからメイドだとわかりますからパーラーメイドでしょうか。
「『祝祭の聖女』様、大主教様、お待ちいたしておりました。どうぞこちらへ」
下車するとエスコート役の衛士にもの凄く美しい所作で恭しくお辞儀をされました。私、そんな立場ではなかったはずですけど。
「あ、はい、ありがとうございます」
どうしてよいかわからずペコリとお辞儀をしましたが、大主教様よりも私のことを先に呼んで大丈夫だったのでしょうか。
彼女に先導され、王城の中をしずしずと歩いて行くと、極度の緊張からか尿意を催してきました。そう言えばさっきもそんな風になったと思い出し、流石に王様の前でトイレに行きたいと言えませんから、メイドさんに小声で「トイレはどちらに」と聞けば、顔色一つ変えずに「廊下を外れればどこでされても構いません」と言われました。
「えっ!」
思わず声を上げてしまいました。
「どうした?」
大主教様が訊いてこられますが、恥ずかしくてそれを言えません。
「『祝祭の聖女』様がトイレはどこかと申されました」
ストレートに言われて恥ずかしいです。とは言え、我慢なぞできない訳で……
「スッキリしたぁ」
恥も外聞もなく、立木の影で花摘みをさせて貰いました。
因みに、私が暮らしていた教会ではトイレ以外でそういうことをするのは絶対禁止です。高位貴族だとどこか常識が違うみたいですが……着いていけるのでしょうか。
廊下に戻ると暖かい蒸しタオルを持った別のメイドさんが立っていました。王族は皆その行為をメイドさんに見られているのでしょうか。私なら恥ずかしくて耐えられそうにありませんけど。
そんなことを考えていたら謁見場の前に着きました。
荘厳という言葉がピッタリの木々の彫刻がなされた重厚な扉が開かれ、今までとは違う特別な緊張感を感じます。誰もいないというのに高い天井に描かれている天使様や女神様の視線が私に集中しているようで、どこか背中がゾクゾクします。お願いだから尿意だけは感じるなと祈っていると真正面の一段高い壇上から衛士が現れました。
私達は一斉に頭を下げると、何人か続いて歩く気配がし、誰かが玉座とおぼしき椅子に座る音がしたのと同時に「頭を上げよ」と言われました。
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