第20話 島の乙姫は女装している、、ってさ
ウオオオイ!!セーヤ!
バシャ!!
目の前を神輿を担ぐ男衆に、
集落の島民が容赦なく
バケツの水を滝の如く掛ける!!
もう、
水の概念が変わるぐらいに
体と水の境目がなくなった錯覚を
する程に。
バシャバシャバシャバシャ
バシャバシャ
挙げ句、
ウオーターガンを背負う
ちんまい子供らが、
男衆の顔目掛けて放水!!
息をする間なく、
今度は伸ばされたホースの水が
四方八方から消火活動と
見間違える勢いで
飛ばされるのだ!
「そりゃ、耳栓いるわー。」
気の毒そうに妹が
他人事口調で、
男衆達の耳を眺め笑う。
境内から一斉に浜の旅所へ向かう
布団神輿は 各地区自前の山車達。
その間を繋ぐのが
各地区から集まった
今年の厄男衆が担ぐ『神輿』だ。
狭い集落の路地を
厄男衆が歩けば、
この神輿に向かって
厄祓いの水が
島民の手で、
ザンザと浴びせられるわけで。
「掛ける方もビショ濡れの
ずぶ濡れだけどね。」
この時だけは
他所から来る屋台で買った
アイスクリンを
舐めながら、
従姉夫婦は祭祀の様子を
熱心に写真へ収め歩く。
バシャーーーーーン、、、
飛び交う水が、、
生きた龍みたいな形を造った。
ウオオオイ!!セーヤ!
セーヤ、、
島の集落は娯楽がない。
だからか、やたら夏祭りがある。
男女の出会いも祭。
亡くなった叔母は90越えても
夏の晩になれば
盆踊りを踊っていた。
それこそ
そこかしこである祭りを
夜通しハシゴをして。
目蓋に映る懐かしい姿だ。
提灯の薄暗い灯りの下で
生真面目な顔で優雅に踊る叔母。
子供の頃に見て、
今思い出すと
ちょっと異次元みたいだった。
異次元といえば、従姉夫婦。
この従姉が
ややスピリチュアル系。
庭の祠で
白蛇を見たのも、
2階のパワーが凄いと言ったのも
この従姉なのだ。
そもそも従姉の母親が
それ系であった。
残念ながら
早くに亡くなったのだけれど、
その時も
突然テーブルの茶碗が
真っ二つに割れて知らせてきた。
虫が知らせるってのを
やってくれた。
そんな母親の娘の従姉なので、
遅れて島の家に顔を出した
途端に、
「島の乙姫に買わされた。」
とビニールを出してきた時は
こっちは
面食らうしかない。
聞くと、
釣りで殆ど寝てないのとか
言うので
しぶしぶ2階の部屋に寝かせる。
いやもう、
祭りが始まりますけど?
もちろん2階もDIY済だけど。
「お姉えー、すご!
太刀魚だよ!蛸とアワビ!」
「良かった
太刀魚で、鱧だと捌けない。」
キッチンに投げられた
ビニールの中身に驚く。
島では100種類は魚が採れる。
この季節は鱧だから、
長いニョロニョロの感触が
鱧だと
どうしようかと思ったのだ。
しかし蛸!
そう『麦わらダコ』と島民が
この季節に呼ぶタコ。
鯛ならエビス鯛。
『いつも、
タモですくえるぐらいに
アジが捕れるのに、ボウズだよ?
何があったのって思うでしょ?』
従姉夫婦曰く、
昨日の夜から
釣りの為に渡っていたらしい。
島はバカスカ釣れるから、
釣り好きには堪らないのだ。
ところが
昨日は一匹も釣れないときた。
深夜、
さすがに諦めて
島の家に寝に来ようとした時、
何時の間にか
深夜の防波堤に
女が立っていたというのだ。
怖い。
『最初、
2丁目辺りのママかと思った!』
女は従姉達の釣果を
見て、
手に持つバケツを差し出すと
欲しいか?と、
聞いてきたらしい。
怖い。
バケツから煙がでてきそう。
従姉夫婦は
怪しい女に驚きながらも、
ボウズの惨めさで深夜まで
粘ってたところだから
喜んだ。
『それがね、その乙姫って、
こう手でサインしてくるのよ。
○をつくって。わかる?』
ようは、
買ってくれたら嬉しいってのを
遠回しで匂わせてくるのだ。
そんな乙姫いるか?!
明らか人間だろ?
「しっかし、
アワビまであるから、
いくらで買ったんだろねー。」
「怖くて聞けない。てか、
その乙姫。きっと例のヤツ。」
最初
何?この魚のチョイス?と
ビニールを見て思ったが、
従姉の話で納得。
島には幾つか不思議がある。
その1つ。
防波堤の伝説の女装漁師。
「こないだ聞いた話?
お姉ぇ、あれって作り話じゃ
ないんだ?マジかー!!」
「女装の漁師は実在するんだよ。
ただ、その理由が不思議って
話?でもそれもアナガチな。」
大振りな殻付きアワビを
手にして、身震い。
もし話通りなら
乙姫こと女装の漁師は
かなりのお爺さんのはず。
この島では
男の子なら誰でも
潜水を直ぐに覚えて、
小遣い稼ぎにアワビを取る。
昔話でよく叔母が言ってた。
『戦争ば終わりよって、
わーらは潜らんしよ、貝取る
ゆーてもアサリにハマグリ
よってぞんないし、しゃあない』
女は海に潜るのを嫌がられる。
父は潜れるが、
祖父が漁師ではなかったから
天然アワビの漁場を知らない。
そもそも漁師の
縄張りを荒らすことになる。
アワビ1つでけっこうな
値段をもらえるのにだ。
叔母はそれを
とても悔しそうにしていた。
で話を戻すと、
漁場に潜る男子が
必ず聞くのが
『島の海の底には女がいる。』
って話らしい。
女に会うと死ぬとか、
2度と潜れなくなるとか。
その女に会ったのが
島1番の潜り手になった男。
アワビ取りの名手が
まさか溺れた日。
海の奥で女に会ったと
魘されて、
それから狂ってしまう。
男はその日以来
男で無くなって、
夜な夜な防波堤に現れる。
そういう
あるある不思議話だ。
「話の大筋はマジで、
女装の漁師は今も潜ってるって
オチ?しかも本土客に商売?」
「いいんじゃない?これが
都会なら身売りしてるって
ドキュメンタリーなオチじゃ
ないだけ平和だと思うけど。」
「魚を売り付けるだけだし、
漁師だし?もーなにそれ?!」
昼間の集落では
見かけたことがない、
都市伝説ならぬ島伝説の御仁。
深夜にフリフリレース傘を
さして、
派手な花柄のワンピース、
長い巻き髪をしてたと
従姉は言ってた。
祭りの人混みで件の御仁を
探すけど、、やはり会えない。
ウオオオイ!!セーヤ!
セーヤ、、
バシャッ
八つ当たり気味に神輿へ
バケツの水を放うり投げる。
アハハハハハ!!
子供以来だ!!こんなに
ずぶ濡れなのも!!
こんなバカ話の相手を探すのも!
神輿も山車も海を目指して
練り歩く。
人々も後をついて水を掛ける。
島にいると、
自分の年を忘れる。
本能のままに動いて話す
島民の姿に感化される
からか。かもしれない。
こんな島の夏が始まり、
旅所へ向かう列に
逆らって、
ずぶ濡れのまま
菩提寺に吊り下げられた
灯籠に灯を入れに
妹と行く。
「おっ!来たか!先生ぇんの、
そっちに吊ってんど。たりん
やったら、やったろ。」
意外にも『電気屋』が
寺手伝いで座っていた。
なんだ、、
髪とかぐちゃぐちゃなのにな。
妹と目が合う。
自分の頭の中が
大人と子供時代との境目で
あやふやになることが
理解出来て
姉としてなんだか
躊躇いつつも
半分しっとりした靴下を脱いだ。
ちんまい裸足でお堂を、
『電気屋』の後をついていく。
なにせ灯籠が高くて
どんなに両手を伸ばせど、
背の低い妹や自分では手が
届かないのは明白。
『電気屋』が
叔母の灯籠に灯を入れるのを
見届ける。
「先生ぇ、みとっかなあ。」
灯籠を目掛けて、
初盆の故人は帰ってくる。
従姉を皮切りに親戚達を迎えた夏。
最後は
この菩提寺で
御炊上げのオレンジの炎が
灯籠や餓鬼棚を飲み込んで
終わる。
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