第9話 光の使い魔
登校するにあたっては、この敷居を出なくてはならない。
雷門のような敷地の入口まで、お父さん、お母さんが見送りに来てくれた。
目覚めたばかりの私のことが心配のようだった。
「行ってきます。お父さん、お母さん!」
「気を付けて行ってくるんですよ? 皓さん、頼みますね」
皓君は、畏まって頭を下げた。
「お任せ下さい」
皓君は、大げさだな。
私は、『姫』って言っても、私が想像しているような存在じゃないって言ってたのにな。
畏まりすぎ。
「いってきまーす!」
そう言って、私たちは光の社を後にした。
敷地を出ると、竹藪に囲まれた道が続いている。
そんな道を皓君と隣合って歩いていく。
景色は違うものの、何だか整然と変わらない朝だって思っちゃうな。
朝ごはんを食べて、制服を着て、見送られて。
いつもと違うとすれば、隣に皓君がいること。
いつか一緒に登下校したいと思っていたけれど、まさか、こんな形で登下校することになるとはね。
暗君は、私よりも背が高い。
見上げる形で、皓君の横顔が見える。
やっぱり、横顔カッコいい。
そう思っていると、皓君の横顔は少し、赤く染まってきた。
「だからさ、そうやって、言うのやめろって」
そうだそうだ。
皓君には、私の心の声が聞こえるらしいんだよね。
けど、思っちゃうんだから、しょうがないじゃんね。
「そう言えば、学校までってどのくらいの距離があるの?」
「前世の単位で言うと、10Kmくらいある」
「へ……? それって遠すぎない? まさかその距離を歩いていくの?」
「そんなことは無い。流石にそれは、辛いだろう。危険な妖魔が出てくるかも知れないし」
そうだよね。
この世界には妖魔がいる。
平和に朝食が食べられているのも、敷地に作られた結果のおかげだったわけだし。
いつ竹藪から妖魔が襲ってきても、おかしくないんだ。
そう思うと、なんだか怖くなってきた……。
歩いていると、少し開けた広場についた。
「千鶴子、ちょっと待ってろ」
私を立ち止まらせると、皓君は何やら呪文を唱え始めた。
私には、何を言ってるかさっぱり分からない言葉。
この世界の言葉なのかな?
けど、発音がなんだか人語じゃないよ。
呪文のようなものを唱え終わると、どこからか獣の鳴き声が聞こえた。
「皓君、何今の? 何か遠くにいるみたいだけれども、大丈夫なの?」
「まぁ、落ち着いて待ってな」
皓君がそう言うと、再び獣の鳴き声が聞こえた。
「やっぱりなんかいるよ、大丈夫なの皓君。少し、怖いよ……」
皓君は、私の反応に微笑んでいた。
何が面白いのよ、まったく……。
また鳴き声が聞こえたかと思うと、颯爽と馬のような獣が現れた。
光を帯びたような体をしていて、頭には角が生えていた。
「ガウウゥーーー!」
「やっぱりいたよ! 皓君、妖魔だよ! 早く退治しないと!」
私が皓君の後ろに隠れようとすると、皓君は獣の方へと近づいて行った。
「よしよーし」
皓君は、そう言いながら獣の腹辺りを撫で始めた。
獣も、嬉しそうな顔をして皓君に頭を近づけてきた。
皓君は、今度は獣の頭も撫でてあげていた
「皓君、何をしているんですか。危なくないですか……」
私の当然とも思える疑問に、皓君は笑って答えてくれた。
「初めてみる生き物をみんな妖魔だって思わないで大丈夫だ。こいつも見慣れない姿だから、妖魔と思うかもしれないが、『使い魔』というのが正しい。光の使い魔の麒麟だ」
「ガウウゥーーー!」
麒麟は紹介されると、自己主張をするように、まばゆい光を放った。
これが、光の使い魔……。
「こいつに乗っていくんだ」
皓君はそう言って、さっとジャンプすると麒麟にまたがってしまった。
「私も乗ればいいの?」
麒麟はとても脚が長い。私の肩よりも上まである。
胴体の乗る部分に手さえ届かないのに、どうやって乗ればいいのか……。
「ほら、つかまれ」
皓君は手を伸ばしてきた。
私も手を伸ばせば、ぎりぎり届く距離。
皓君の届いたと思ったら、急に手を握られて私をグイっと引っ張った。
私の体は宙に浮き、着地すると同時に麒麟の胴にまたがっていた。
皓君の後ろの席。
「それじゃあ、ちゃんと掴まっておけよ? こいつは早いから」
麒麟なんて生物は初めて見たし。それに乗るってよくわからない。
馬みたいな感じなのかな。
よく通学だと、彼女をバイクの後ろに乗せてる不良もいたけれども。
皓君は『不良みたいな顔』と言えばそうだけど。
この世界に来て、素行までもが悪くなってしまったのか。
「千鶴子、そんな甘く掴んでたら、振り落とされて危ないからな。きっちり俺に掴まれ」
そう言って、私の手を皓君の腰に回された。
何と大胆な。
……けど、願っても無い、幸運。
「変なこと考えてないで。マジで危ないからな」
「ガウウゥーーー!」
麒麟は、前足を上げて、もう走れるぞとアピールをしてきた。
なんだか、競走馬みたいだな。
「じゃあ出発だ。頼んだ」
皓君がそう言うと、麒麟は走り出した。
足音は全くしない。
走り出したかと思うと、助走も無くいきなりトップスピードになった。
バイクなんて非じゃないだろう。
すごい速さで竹藪の道を駆けていく。
……これは、声が出せない。
……早すぎて、言葉が出ない。
「千鶴子、大丈夫か?」
皓君は、腰に回した私の手をしっかりと握りしめてくれる。
遠慮してたら落とされちゃう。
しっかり握らないと。
景色も何も見えたものじゃない。
稲妻のごとく、竹藪を駆け抜けていった。
皓君の腰を強く握っていたら、風が止んだ。
「ほら、着いたぞ!」
そう言って、皓君は私の手を取って麒麟を降りた。
役目を終えた麒麟は、鳴き声を上げて竹藪の中に消えていった
「皓君、この世界の通学ってなかなかハードなんだね」
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