第15話 悩み


「まぁ、本当にここで店をやっているのか、ここでペンダントが売られていたのか考えるよりも突入してみるか。ムゲン!」

「はいはい」


 レイが彼の名前を呼ぶと、ムゲンが一応返事をしつつ、濃い緑の扉をノックする。しかし、扉の向こうからの返答はない。


「お店なんだから、勝手に入るんじゃないのか?」

「それもそうか」


 オスカーの言葉にレイが頷くと、ムゲンは鍍金が剥がれたドアノブに手をかけて、扉を奥へと開いた。鍵はかかっておらず、扉は難なく開く。

 レイが日傘を畳み、オスカーがムゲンの横から顔を覗かせて扉の奥を見る。


 扉と、その両側にそれぞれ煉瓦二つ分のスペースに部屋があるわけもなかったが、両側の壁を埋めるようにして、棚が置かれていた。

 棚には、観葉植物の見た目をした置物やペンダントや指輪などのアクセサリーの他、ペンやインクなどもあり、はたまた古ぼけたコートも押し込められていた。

 売り物のようにも見えるが、ほとんどが誰かが使った後のようにも見えて、オスカーは興味深げに両側に広がる棚を眺めていた。


「いらっしゃい」


 棚を眺めていると、奥から野太い声が響き、オスカーは思わずその場で小指ほど飛び跳ねた。


 細長い通路。

 広がっている部屋などはこのスペースにはない。ないはずだが、通路の奥には、大柄な男がいた。

 通路の奥に設置されたカウンターの向こうに大柄な男が座っていた。いや、座っているのか立っているのかは三人には分からない。カウンターの向こうにある男の身体は下半身が見えなかったため判別はつかない。

 なによりも、男は、大きなローブとフードで身体の輪郭を隠していた。その黒いローブとフードが、暗い店内の背景に同化してしまったからオスカーは最初、店内にいる男の存在に気づかなかったのだ。


「狭い店内だな」


 日傘を閉じてまとめたレイがさっさと店内に足を踏み入れながらもそう言うと、フードの下の硬そうな皮膚を歪ませて男は笑った。


「すいやせんねぇ。俺ぁ、狭いところが好きなもんで」

「人の好みはそれぞれだから仕方ないさ」


 レイは肩を竦めると、オスカーを振り返った。


「オスカー。ペンダント」

「あ、あぁ、そっか……」


 オスカーがレイに続いて店内に入ると、最後にムゲンが店内――といっても見た目はほぼ通路だが――に入り、扉を後ろ手で閉める。

 ちらりとオスカーはレイに視線をやるが、レイは口を開かない。意を決して、オスカーは男がいるカウンターの前まで進み出た。ポケットに手を突っ込んで、その中に入れていた小さな麻袋を取り出し、背伸びをして、カウンターに袋をのせる。


「中を見ても?」


 男の言葉にオスカーは頷く。

 男が袋をゆっくりと逆さにすると、カウンターの上にロケットペンダントの残骸が転がる。ロケットの開閉部分となっていた蝶番はひねられたように外れており、ペンダントを飾っていたガラス部分は破裂したように損壊していた。

 ひどく壊れていたが、それにしてもレイの命令によりムゲンが銃で撃って壊したからだ。だが、この場で一番申し訳なさそうな顔をしているのは、レイでもムゲンでもなく、オスカーだった。


「母さんがここでこのロケットペンダントを買ったはず……なんですけど……」


 オスカーはそこまで言って、言葉を止めた。

 自分の母親がこの店でこのロケットペンダントを買ったところまでは知っている。レイとムゲンは、悪魔が封じられていたこのペンダントの出所が知りたい。

 しかし、店主に愚直に「悪魔が封じられていたペンダントはどこで入手した?」なんて聞いても、頭がおかしいと思われかねないだろう。

 すると、オスカーの次の言葉を待つよりも先に男が口を開いた。


「確かにこのペンダントはうちで売っていたものですねぇ」

「えっ、ほんとに⁉」

「ええ、帳簿を見ねぇと詳しいことは分かりませんが、二年程前のことだと思います、はい」

「母さんが……田舎に行く少し前だ」


 オスカーの言葉にレイが一歩前に出る。


「店主、そのペンダント、ここで作ったものではないだろう?」

「そうですねぇ。俺ぁ、不器用なもんで。装飾品なんて作れませんわ」

「じゃあ、そのペンダントはどこで入手したんだ?」

「これは他のお客さんから売られたもんなんです」

「誰が売った?」

「守秘義務ってもんがありましてねぇ」


 男の言葉に「ふむ」とレイは顎に手を当てた。


「いくら欲しい?」


 レイの歯に衣着せぬ一言にオスカーはあんぐりと口を開いた。

 しかし、男はあまり驚いた素振りも見せずに首を横に振った。


「お金はいりません」

「なら、なにが欲しい?」

「俺ぁ、商売人でねぇ。なんで商売をやってるかっていうと、客の話を聞くのが楽しいんでさぁ。そんで、客の悩みを聞いて、それを叶えるのが生きがいでねぇ。お兄さん、悩んでることは?」

「目下の目標は、悪魔の解放だが……」

「それ、言っていいのか⁉」

「まぁ、それは自分で目標を達成するから、大した悩みでもないな。ムゲンもないだろう?」

「そうですね」


 オスカーの驚きなど知ったことではないというようにレイはムゲンに話を振り、ムゲンも首を縦に振った。

 そして、男とレイとムゲンの視線がオスカーに向けられ、オスカーは一歩後ずさった。


「な、悩み……?」


 一歩後ずさったところで、狭い通路内では逃げ場はなく、オスカーの背が棚につく。


「いきなり言われても分からないって、そんなの……」

「なんだ、つまらないな」


 何故かレイが肩を落とし、ため息を吐くと同時に男もため息を吐いた。


「じゃあ、どうです? 他のお客さんの悩みを解決するというのは。最近来たお客さんの悩みは解決することは、俺ぁ、できなかったんで」

「なるほど、問題解決か。任せろ」

「内容も聞いてないだろ⁉」


 いきなり悩みを聞かせろと言う怪しげな店主からの依頼と、その依頼を内容も聞かずに引き受ける気満々の雇い主と、その雇い主を諫める立場のはずの付き人も、誰も異を唱えない。

 オスカーは、産まれて初めて、腐ったものを食べてもないのに胃に痛みを感じた。

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