第14話 雑貨屋「ルブラン」


 黒い日傘を両手で持ち、くるくると回転させるレイをオスカーが訝し気に見る。


「出会った時も思ってたけど、どうしてレイは日傘いつもさしてるんだ?」

「日差しに弱いんだよ。見て分からないか?」

「いや、分からないから聞いてるんだけど?」


 嬉々としてジャケットを着たレイはムゲンを連れて、外出しようとしたところでオスカーに声をかけた。いつも二人が外出をしている時は事務所でぼーっとしているか掃除をしているオスカーは困惑しながらも外に出た。


「俺の日傘の件はいい。とりあえず、お前の祖母からの手紙だ」

「ばあちゃんはなんて?」

「お前の母親の様子は相変わらずだが、ロケットペンダントのことを聞いたら、どこで買ったかだけは話してくれたらしい。今からその店に向かう」


 オスカーは、自身のズボンのポケットを上から手の平で押さえた。そこには、小さな麻袋の中に入ったロケットペンダントの残骸が入っている。


 壊したのは、レイとムゲンだ。


 先月までは、そこに封じられていた七十二の悪魔の一柱アンドロマリウスの力を使い、オスカーは泥棒退治人としてアンデリーの街で活動していた。しかし、ロケットペンダントが破壊され、アンドロマリウスは解放され、魔法のロケットペンダントはただの壊れたロケットペンダントになってしまった。


 レイとムゲンはロケットペンダントを壊したことを謝らなかったが、その代わりに「そのロケットペンダントを誰にもらった?」と詰問した。


 レイとムゲンに捕らえられた当初は、オスカーもその事実を忘れていたが、ロケットペンダントは元々母の持ち物だったことを思い出し、田舎にいる母にロケットペンダントをどこで入手したのか聞くためにレイに代筆してもらってまで手紙を出した。住所は、祖母がいつか渡してくれたメモに書かれていた。


「お前の母親が悪魔を封印した物を集めたり、売ったりしている人間と繋がりがあるかと思ったが……」

「母さんは絶対そんなことしないからな。それに今の母さんは」

「それは前にも聞いた。だから、こうして入手元を調べることにしたんだろ」


 オスカーの母親は数年前からぼーっとしたままあまりしゃべらなくなった。一日の大半を窓辺で過ごし、窓の外を眺めるだけの生活を今は送っているらしい。


「お前も母親についていって、田舎で仲良く暮らせばよかったのに」

「……母さんは父さんと駆け落ち同然で家を出たから、父さんに似てる俺は母さんの実家に受け入れてくれないと思う。受け入れられたとしても、心の底では母さんをあんな風にした男の子供って思われるのが嫌だったんだよ」


 自然とオスカーの足取りが重くなる。

 しかし、そんなオスカーの心境など意に介さないどころか、レイは満面の笑みで振り返った。


「そうか、そうか! お前も悪意を隠したまま善行に身を落とす奴が嫌いか! 俺もそういう輩は嫌いだ! お前とは仲良くなれそうだ!」


 日傘を左手で持ちながら、右手でオスカーの手を掴み、無理やり握手をして、手を上下にぶんぶんと振る。

 レイの満面の笑みに対して、オスカーは頬を引きつらせた。

 口が裂けても雇用主であるレイに対して「オレは仲良くしたくない」とは言えないが、心の中ではその言葉を叫んでいた。


 悪魔が教会により封じられ、善行こそが美徳だという考えが浸透している今、それに表立って異を唱える人間はほとんどいない。昔はそれなりにいたが、今は見かけることもない。

 泥棒退治人として名を馳せていたオスカーも、その行動は元を正せば、善意からだったはずだ。そのため、善意による行動に異を唱えるレイとは分かり合えないと思っている。

 そして、何よりもレイは教会が封じた悪魔を解放することを目的にしている。

 人並みの感性を持っている者であれば、そんな絵空事を実現させようとは思わないだろう。


「嫌いとか、そこまでは……」

「とりあえず、悪魔解放への第一歩だ」

「雇われたけど、悪魔解放を手伝うとは一言も……」

「二人とも、ここが件のお店らしいですよ」


 レイとオスカーのやり取りに割り込むようにして、足を止めたムゲンが目の前にある扉を指さした。


「……ここ?」


 オスカーが眉を潜めるのも無理はないだろう。


 建物の前には看板らしきものも置かれていない。それどころか、その建物は、縦に細長かった。人一人が通る程の幅しかない苔むしたかのような深い緑色の木製の扉があり、その扉の横に煉瓦が詰まれているのだが、建物の壁はその煉瓦二つ分の幅が両側にあるのみで、本当に店として機能しているのか疑わしい。


「ここらしいです。ほら、お店の名前が確かに書いてありますよ」


 ムゲンが濃い緑の扉を指さす。

 そこには確かに白いチョークのようなもので文字が大きく書かれていたが、それは殴り書きのようにも見え、明らかに店の名前を主張しようと思って書いたものではないように思えた。

 それは文字の読み書きができないオスカーでも分かった。


「なんて書いてあんの?」


 オスカーの疑問に答えたのは、彼から手を離して、また両手で日傘の柄を持つようになったレイだった。


「ルブラン、と書いてあるな」


 ムゲンが懐から手紙を取り出すと、オスカーにそれを手渡した。

 自分には文字が読めないのにどうして、と思いつつも、オスカーは手元の手紙と書き殴られた扉の文字を見比べる。


「あ」


 確かに、手紙にも書かれている文字が扉に書かれていた。


「お前の母親はこの店でロケットペンダントを買ったんだ。それに、このあたりでルブランという名前の店はここしかないらしい。出かける前にトロワが教えてくれた」

「トロワさんが?」


 口にした後、トロワに敬称をつけたことに関して、何か言われるかとオスカーは恐る恐るレイの顔を伺った。しかし、レイはそんなことは露も気にしておらず、口の端を吊り上げて、真っ赤な瞳を細めた。


「トロワによるとこの雑貨屋には噂があって……なんと、その人の望みを叶える品を売ってくれるらしい」

「望みを叶える品……」


 オスカーはおもむろにポケットの上からロケットペンダントの残骸を握りしめた。

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