第13話 手紙
ノックの音に「はーい」と返事をして、オスカーが扉を開けると、そこには亜麻色の髪の少女がいた。赤いワンピースの上に白いエプロン姿の少女の名は、トロワ。
このアパートメントの管理をしているスチュワードの一人娘であり、先月の泥棒退治人の捕獲が終わった際、アパートメントに溜まっていた浮浪者達に仕事を斡旋できるように大人たちと一緒に計画を練った先月の一件の功労者だ。
本日も、父親のアパートメントの掃除をしているらしく、片手には箒を持ち、もう片方の手には白い封筒を持っていた。
「ここに届いてたわよ。もしかして、初めての依頼?」
トロワが瞳を輝かせながら差し出した封筒をオスカーは受け取った。オスカーがそそくさとローテーブルまで戻り、レイに封筒を渡す。
血のように赤い瞳を細め、レイは差出人を確認した。
「いや、依頼じゃない」
「じゃあ、なに?」
「返信だ。オスカーの祖母からのな」
トロワはレイとオスカーの顔を交互に見た。レイは、オスカー宛ての郵便物であるというのに、躊躇することなく、ソファーから腰を持ち上げるとデスクに近寄り、ペーパーナイフを手に取る。
「オスカーの? 一緒に暮らしてないの?」
「あー、うん。母さんとばあちゃんは田舎で……」
「へぇ、そうなんだ! 仕事決まったから連絡したの? それじゃあ、私、行くね~」
「うん、届けてくれて、ありがとう……」
トロワが手を振って、部屋の前から去っていったのを確認すると、オスカーはほっと胸を撫で下ろして、ドアノブを掴んだ。ゆっくりと扉を閉めて、振り返ると、すでに開けた封筒の中身に目を通しているレイがオスカーを一瞥もせずに問いかける。
「やけにトロワに対してはぎこちないじゃないか」
「そんなことは……」
すると、レイの後ろで彼の手元の手紙を覗き込んでいたムゲンが温かい眼差しをオスカーに向けた。
「まぁまぁ。首を突っ込まない方がいいでしょう。気になる相手に対しては強気になれないことは多々ありますから」
「そんなんじゃねぇよ⁉」
あまりにも唐突なムゲンの言葉に、オスカーは目を見開いて大きな声を出した。その音量に一番驚いたのは、他でもないオスカーで、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
ここまで強く否定しようとしたら、まるで認めているようなものじゃないかと自分でも思ったようだ。ムゲンは彼の様子を見て、さらに温かい目を向ける。レイはそんな二人のやり取りには無関心なようで、手元の手紙に視線を落としている。
「ほんとに……! ほんとにトロワ、さんのことは、そういうんじゃなくて……」
「トロワにも敬称をつけるのに、俺は呼び捨てか⁉」
今までまったく反応を見せなかったレイががばりと顔をあげ、オスカーは口早に弁解した。
「泥棒退治してたことで、迷惑をかけた相手だし、どう接すればいいか分からないんだよ……っ!」
レイとムゲンは顔を見合わせた。
先月まで人が良すぎるスチュワードが管理していたこのアパートメントは、彼の善意を利用し、タダで居座る浮浪者で溢れていた。仕事を見つけられず、泥棒をしたり、と様々な方法で生きてきた彼らにとって泥棒をした途端、盗んだものが持ち主に返されてしまうという現象は生死に関わった。
だから、彼らは生きるためにタダで屋根のある場所に住みつけるというこのアパートメントに飛びついた。その結果、スチュワードさんの家計は火の車。一人娘であるトロワは浮浪者達と人にいいように利用されてしまう父親のせいで困り果てていた。
人の善意を利用する人間が多かったこともあるが、元を辿れば、そこには「泥棒退治人」の存在があった。
「なんだ。罪の意識でも感じてるのか? 捕まえられた時は、自分のしたことが善行だと信じて疑ってなかったのに」
レイは肩を竦めると、振り返らないまま手紙を後ろにいるムゲンに渡す。
「あの時は、本当にそう思ってたけど……」
オスカーは視線を落とす。
自分のしていることは善行だと主張したオスカーにレイは彼が間違いで泥棒扱いした人物が、その間違いのせいで仕事を失ったことを話した。たった一度の間違い。善行を理由にそれを正当化しようとしたオスカーをレイは馬鹿にして、一言。
『お前たちが妄信している善行って、そんなに偉いものなのかよ』
その言葉は、真水に黒いインクを一粒落とした時のように、オスカーの心に波紋を呼んだ。
そして、今ではそれが疑問となり、自身の脳にしがみついて影のように離れない。
「お前がどう思っているのかは知らないが、仕事だ」
「え?」
オスカーが顔をあげる。レイは、手紙を読んでいる最中のムゲンの手から容赦なく手紙をひったくって、オスカーの眼前に文章を見せつけるようにして突きつけた。
自分の祖母から届いた手紙にこの何をしているのか詳細が不明な事務所に依頼するような内容が書かれているとは、どうにも信じられないオスカーだったが、彼がそのことを心配する前に、解決しなくてはいけない問題が一つあった。
「ごめん……オレ、文字読めない……」
「……そういえば、そうだった。手紙を出す時も俺が代筆していたな」
すっかり忘れていたらしいレイは大袈裟に肩を竦めて、やれやれと肩まで両腕をあげると首を横に振った。
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