揺れる水
第12話 閑古鳥
アパートメントの最上階の二部屋のうち、埋まっている一部屋。
革張りのソファーに身を沈めた白髪の少年――レイは事務所のローテーブルにピースを広げ、数個連なっているピースとにらめっこをしていた。
白髪の頭が右に揺れ、左に揺れる。
そんな彼の横からテーブルの端にカツンと音を立てつつ、紅茶の入ったカップが置かれた。
カップを置いた金髪の少年――オスカーは蒼目を細めて、細かいピースを見た。
「なぁ、レイ。仕事しなくていいのかよ」
「泥棒を退治する程度のことをやるだけで、ろくな仕事もしていなかった餓鬼に仕事の心配をされたくないな」
「それ、いつまで引きずってるんだよ⁉」
オスカーは、先月までこの街アンデリーで名を馳せていた「泥棒退治人」だった。
今は、泥棒から盗んだ物を取り上げる奇跡を起こすために使っていた道具がないため、レイとムゲンに捕まった彼は、二人の事務所の雑用係として毎日事務所に来ている。
「レイは言われたことはずっと覚えているタイプですからね」
事務所のデスクの近くまでやってきたムゲンが後頭部で一つに結んだ長い黒髪を椅子の背に降ろしながら、椅子に腰かけた。オスカーはそんな彼を見て、ため息を吐く。
「ムゲンさんも今のままでいいのかよ」
「おい、待て。どうして俺は呼び捨てなのに、ムゲンには敬称をつけるんだ」
ローテーブルから離れようとしたオスカーの服の袖を掴んだレイが不服そうに眉間に皺を寄せる。オスカーは「しまった」という顔をしたが、こうなってしまったレイは理由を聞かなければ引かないことは、この短い期間だけでも嫌というほど分かっていた。
オスカーは大きくため息を吐くと、腕を振る。しかし、レイの手は離れない。
「どう考えても、ムゲンさんの方が年上だからだよ!」
「この事務所の主は俺だぞ⁉」
「誰がどう見ても事務所の主はムゲンさんだろ⁉」
オスカーは、がばりと振り返り、ムゲンの方を見る。彼と目が合ったムゲンは首を横に振った。
「家賃を払っているのも家具をそろえたのも、全部レイのお金ですよ」
「嘘だぁー!」
「レイはお金だけなら持ってるので」
オスカーは頭を抱えて、その場に蹲った。ようやくレイはオスカーの袖から手を離し、テーブルの上に広げたジグソーパズルへと向き直った。
敬称をつけろとごねられなかっただけましか、と思いながらも、オスカーは大きくため息を吐いた。
彼が泥棒退治人として活動していたのは、このアンデリーの街から泥棒を一掃して、穏やかな街を作るためだった。それが、一人の泥棒のせいで人生を狂わされてしまった母親のためにできることだと思っていたからだ。
しかし、先月、レイと浮浪者達の作戦により、捕まった末に自分がやっていたことは間違いがあると指摘されて以降は、自分のしていたことに対して、疑問が産まれた。
なにが正しいのか悪いのか、もしかしたら、自分を捕まえたこの人物たちの元にいれば、分かるかもしれないと思っていたオスカーだったが――。
「オスカーもパズルやるか?」
蹲ったまま、自分を恨めしそうに見るオスカーを一瞥して、レイはピースを一つ差し出してきた。
一ヶ月の間、オスカーがここでやっていたことといえば、レイが望んだ時に紅茶を入れて出すことと、毎朝、事務所内を掃除することだけだった。
事務所を開いたというものの、オスカーが見ている限り、レイとムゲンがなにか仕事をしている様子はない。
オスカーが力なく首を横に振ると、レイはピースを持った手を引っ込めた。オスカーは両膝に手をついて、立ち上がる。
仕事をやっている様子はないが、なにもしていないというわけではない。事務所には毎日、各地の新聞が持ち込まれる。レイとムゲンはそれを隅から隅まで読む。そして、午後になると「聞き込みをしてきます」とムゲンは出かける。
「もしかして、オレが知らないうちに二人とも仕事をしているのか?」
オスカーが一縷の望みをかけて、ムゲンの方を見る。
ムゲンはあっけらかんと答える。
「してませんよ」
オスカーはうなだれた。
「オスカー、紅茶を入れるだけじゃなくて、お菓子作ってくれよ。キッチンはあるんだからな」
「今、自分がどうしてここにいるのか真剣に考えてるから……」
「お前がその脳みそを雑巾のように絞ったところで、天才的な発想が浮かぶわけないだろ。天啓があるわけでもないんだから、考える前に出来ることを増やせよ」
「なんで、ジグソーパズルやってるだけの奴にとやかく言われないといけないんだ……?」
「だったら、パズルをやれ。もしくは菓子を作れ」
オスカーは大袈裟に肩を落とすと、レイの向かいの革張りのソファーに腰を落とした。
そして、彼が一番近い場所に転がっていたピースに手を伸ばしかけたところで、コンコンと扉からノックの音が聞こえた。
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