第8話 ベック
アンデリーという街は、閑散としており、盗みや暴力などとは無縁の煉瓦道が続く街だ。
「人が多くなるのは、隣街の工場で働いている人が出勤する時と退勤する時ぐらいね。その間は、家で人の帰りを待っている人が買い物をするために歩いてたりする程度だったの」
「工場ってことは、人が働く場所はあるってことだよな?」
「働く場所はあっても、仕事が合ってないってことがあるみたいよ。みんな、工場の仕事をやめさせられたって言ってたもの」
トロワが「みんな」と言ったのは、アパートメントに住み着いているゴロツキのことだ。
「仕事がなくなって、盗みをするしかなくなったところに泥棒退治人の登場というわけか」
レイは窓の外を眺めつつ、天井へと人差し指を立てた。
「ここにいる人間のうち、誰かが実際に泥棒退治人に会ったかもしれないな?」
「でも、噂によると泥棒したら、風が吹いて荷物を回収するだけで泥棒退治人本人は出てこないって話だよ」
トロワの言う通り、レイとムゲンが改めて「泥棒退治人のことを聞きたい」と、アパートメントのゴロツキ達を訪ねたところで、泥棒退治人の見た目に関する話は出てこなかった。
泥棒を行うとその場に風が吹き抜けて、盗んだ荷物だけを巻き上げて、持ち主に返してしまう。
「本当にイカレてやがるよ、泥棒退治人は!」
アパートメントの中でも、泥棒退治人に対して明らかな怒りをあらわにしていたのは、レイとムゲンが最初に会い、トロワに対して食って掛かっていた痩せぎすのゴロツキだった。
彼の名前はベックと言い、話を聞く限りでは泥棒退治人に会った時は浮浪者ではなく、隣街の工場で働く一人の青年だったらしい。
「俺は、困ってるばあさんの荷物を運んでやろうと荷物を持っただけなのに、どこからか風が吹いて荷物がばあさんの手元に戻ったんだ!」
ベックの顔は目が落ちくぼんでおり、痩せぎすの上に目が悪いのかいつも睨むように目を細めている。
「老人の荷物を持とうとしたところを泥棒だと間違われたと?」
レイの言葉にベックは忌々しそうに頭を掻きむしった。
「俺だって、分かってるよ! 自分の顔が悪人顔だってな! でも、俺は善意で人を助けようとしたんだ! それなのに、泥棒だと思われて……俺の手から荷物が風で巻き上げられて、ばあさんの手に戻っていくのを見て、周りの奴らはみんな、俺がばあさんから荷物をとったと思って、俺のことを取り押さえたんだ。ばあさんも避難させられて……結局、その場にいた誰にも俺がなにもしていないって信じてもらえなくて……翌日には俺の勤め先にまで俺が盗みを働こうとしたっていう噂が届いていてクビになったよ」
レイとムゲンは顔を見合わせた。
ベックの話が本当のことだとすると、泥棒退治人は大きな間違いを犯したことになる。しかし、ベックが泥棒退治人に間違いで退治された以降も、何人かが泥棒退治人の餌食になっているところを見るに、泥棒退治人は自らの間違いに気づいていないのだろう。
「どう思う、ムゲン? 力を扱う人間も所詮は一人の人間ということか」
「人間一人にできることなんてたかが知れていますからね。なんにせよ、姿を現さないとなると捕まえることは難しそうです」
「じゃあ、自分から姿を現してもらおうじゃないか」
レイはそう言うと、目の前のベックに向き直った。
「泥棒退治人に一泡吹かせたいか?」
「もちろん。あいつに一泡吹かせられるんだったら悪魔とだって契約してやるぜ」
先ほどは、悪魔という言葉の響きが素晴らしいと言うレイを奇妙に思い、逃げたベックも泥棒退治人に対する復讐はしたいようで力強く頷いた。レイは満足そうに何度も頷いた。ベックが自分の作戦に参加してくれて、自分の思い通りになるのが嬉しいのもあるだろうが、ベックの口から「悪魔」という言葉が出てきたのが嬉しかったのだろう。
ゆらゆらと服の裾を揺らしながらベックに作戦を話し始めるレイにムゲンは肩を竦めた。
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