第7話 泥棒退治人
トロワは、レイとムゲンのことを一階の部屋へと案内した。一階のその部屋は、スチュワードとトロワが生活用に使っている部屋であり、部屋の中はアパートメントの他の部屋とは大違いで整っていた。
仕事と借金で忙しい父に代わり、掃除や食事はトロワが担当しているらしい。トロワが出してきたお茶は、スチュワードに出してもらったものよりもいい香りがしたのは言うまでもない。
「泥棒退治人がいるから、ゴロツキ達が暴れられなくて、屋根がある場所を求めて最終的にここに辿り着いた、と?」
「そう! 他のオーナーたちはのらりくらりと躱して、最終的にこのアパートメントに押し付けて行くの! しかも、パパも断らないから、すぐに人で埋まっちゃったのよ。お金を一切払わない人達でね!」
レイは先程ムゲンに口を塞がれてから黙っている。もうすでに口は自由になっているのだが、自ら何かを話すつもりはないらしい。だから、代わりにムゲンがトロワに質問をした。
「その泥棒退治人が現れ始めたのは?」
「三ヶ月前のことよ。お店から出てきたおばあさんの荷物をとった人がいたの。路地で暮らしている男の人だったわ。そしたら、どこからか風が吹いて、盗まれた荷物が宙に浮いちゃったの!」
「風が? たまたまでは?」
トロワは首を横に振った。
「台風でもないのに、リンゴが十個も入った紙袋が宙に浮くと思う?」
「リンゴ十個が宙に浮く……」
「しかも、その浮いた紙袋はおばあさんの手元に戻ってきたの。おばあさんもあまりの出来事に腰を抜かしていたみたいよ」
「確かにそれは……ありえない状況だし、腰を抜かすのもしょうがないですね」
トロワは「でしょ⁉」と興奮気味に頷く。
この話は、このアンデリーという街ではおなじみらしい。そうでなければ、ゴロツキが盗みをやめて、お人好しのアパートメントのオーナーの元に駆け込むことが当たり前となってはいないだろう。
だからこそ、トロワはこの不思議な話を初めて聞いて「不思議だ」と断定して共感してくれる人間を探しているのだろう。
そして、その事象のせいでゴロツキがアパートメントへと流れてきて、自分が困っているのだと愚痴を言いたくて仕方がないと言いたげに彼女はソファーに腰かけ、足を揺らしていた。
今まで周りの人の前で言えなかったのだろう。
ゴロツキ達に出て行ってほしいと公に言ってしまうと、それは父親の善意を踏み倒すことになってしまうから。ただし、今トロワの前にいるのは、善意を美徳として感じるのことのない二人組だ。だから、トロワも二人のことを家に招待して、泥棒退治人の話をしようと思ったのだろう。
「おばあさんの件だけじゃないの! 三ヶ月前くらいから、盗みが起こると、どこからか風が吹いて盗んだものが持ち主の手に戻ってくるの! だから、誰も盗みができなくなったのよ」
ムゲンの隣でレイはトロワに入れてもらったお茶をゆっくりと飲んでいた。ムゲンは顎に手を当てる。
彼は思い出す。
この街「アンデリー」は、レイが住んでいる家から近いというわけではない。隣町でもなければ、よく来る場所でもない。なのに、レイは「この街に行く」と言いだし、あろうことか、悪魔の解放の拠点をこの街にしようと言い出したのだ。
「……レイ、元から泥棒退治人が目的だったんですか?」
再度、カップに口をつけようとしていたレイがぴたりと止まり、その口の端を吊り上げた。
「人知を超えた力で人を成敗……まるで悪魔みたいな所業だと思わないか?」
「やってることは正義の味方だと思いますけどね」
トロワには二人が言っている意味が解らなかったが、先ほどの廊下でのレイの発言からあまり踏み込まない方がいいと分かっているのか、質問はしなかった。
「泥棒退治人をどうにかしたらここにいる浮浪者達も出て行くだろうし、どちらにしろ、解決しないといけないな」
「えっ、ほんと? どうにかしてくれるの?」
トロワは目を輝かせた。レイは頷く。
「そこでこの街に詳しいお前達の協力が必要だ」
「もちろん、協力するわ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます