第2話 十五か所


「うちの建物で事務所を開きたいと?」

「ああ、そうだ」


 テーブルを挟んで、レイの向かいにいる男は自身の顎から垂れ下がっている髭を撫でた。レイの後ろに控えているムゲンの目から見ると、分かりやすく難色を示しているようだった。


「ええっと、うちの建物で事務所を開いたところで立地は悪いと思いますし、他にもいい立地の建物はあると思いますが……」


 大通りに接している建物を指して、立地が悪いとオーナーは言う。後ろに控えているムゲンはともかく、向かいのソファーに座っているレイに対しては、本当のことを言わずともバレないだろうと思っているのだろう。

 確かにレイは小柄だ。いや、小柄という身体的特徴を抜きにしても、子供にしか見えない。甘めに見て十五程といったところか。

 そんな子供がいきなり「事務所を開きたい」「なにをするかは言えない」「金なら払う」と言い出すのだから、オーナーはイタズラと思うしかない。

 例え、この世界で「善意が美徳」という思想で満たされているとしても、誰も子供のごっこ遊びのために部屋を貸したりしないだろう。子供がきちんと金を払うとも思えない。

 そして、相手が子供だからこそ、直接的な言葉で追い返せなくとも嘘で追い返せると思っている。


 レイは、じっとオーナーの目を見ていたかと思うと、鷹揚に頷いた。


「それならアドバイス通りにしよう。時間をとらせて悪かったな」


 ひょいと、レイはソファーから降りる。オーナーは小さくホッと息を吐いた。ムゲンはなにも言わずに事務所を出るレイの後に続いた。


「金を出すと言いながら、お金を出さないのが悪いんだと思いますが?」


 ムゲンのもっともらしい指摘にレイは肩を竦めた。


「確かに金を出せば話が早い」


 実際、レイの服装を見れば、金を持っていることは分かるだろう。しかし、それは親が金を持っているのだとたいていの人間は判断する。

 親に着せてもらう金があるから、上等な服を着ている。しかし、この少年に部屋を借りるほどのお金はない。だから、金を見せない限り部屋を貸せない。金を見せられても、今後も定期的にお金が渡される可能性を見いだせないから貸せない。

 しかし、金を見せないから、部屋を貸せるか否かの話まで進んだことは一度もない。


 十五か所中、他の場所を勧めてきたのは十五か所。

 つまりは全員、断ってきた。


「でも、金で解決したくないんだよ。部屋を借りるんだ。信用できる奴じゃないと」

「誰も悪魔の解放を目的としている子供に手を借りてくれないと思いますけど」

「こっちの目的は言わなくていい。ミステリアスの方がかっこいいだろ。それに相手が正直者なら俺だって金をすぐに見せるさ。今までの奴らだって……」


 レイはくるりと人のいない路地で回れ右をすると、胸に手の平を置いて、日傘を持ったもう片方の手をあげる。


「子供に大事な商売道具を売れるか! 子供のお遊びがしたいんだったら、家の中で秘密基地でも作ってろ! さっさとお付きの男を連れて、ママのとこに帰りな! ……な~んて、言ってくれたら、喜んで小切手を渡すのに」

「それはそれでどうかと思いますけど……」


 ムゲンは目の前にいる子供の感受性に一抹の不安を覚えたが、そのような感受性でなければ、そもそも悪魔の解放など企みはしないだろうと余計なことだと頭を振って思考から追い出した。


「次がこの地域だと空いている部屋がある最後の場所だな」

「十六か所目。結果は目に見えてるが……期待はしないでおきましょう」

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