エルマ少年の祈り

積み上げられたおはじき

エルマは真っ赤になって教室を飛び出した。


ポケットの中が異様に重い。どこに行くべきかも分からなかった。あてもなくふらふらと適当に彷徨い続け、気持ちが落ち着いた頃にようやく、辺りに誰もいないことを確認して、ポケットの中にあるものを取り出した。


水色のおはじきだ。


それと同時に、二つ結びのあの子に言われたことを思い出す。


「お守りに持ってて欲しいの。“よしこさん“に連れて行かれないように」


別にいらねえよ、と返事をするエルマに、あの花のようにみんなから愛されますようにという意味を込められた“咲良“は頬を染めた。


「持っていて。君のことが好きだから」


その時の可愛い顔を思い出して、ボッと沸騰する頭をどうにか誤魔化そうと舌打ちする。


正直言って、サクラのことは好きでも嫌いでもなかった。


ついさっきまではただのクラスメイトであり、友人だった。けれどあんなことを言われてしまった途端に存在感を放つのだから驚いた。


今日、たった今から、おそらく大人になってもエルマは思い出す。


お守りをくれたサクラ。自分のことを好いているサクラ。ただのクラスメイトなんかじゃないサクラ。


彼女の好意には答えられなかった。

ただただ、恥ずかしかった。


それでもエルマが震えながらもおはじきを受け取ったことにサクラはホッとしていた。拒絶されないだけマシ、と言った様子である。


それからいてもたってもいられず教室を飛び出してしまったものだから、明日からどう接すればいいのだろう。エルマは頭を抱える。


明日の朝学校に行って、彼女の姿を教室で見てしまう。


容易に想像できた。


俺は呼吸の仕方を忘れ、どうやって歩いていたかも忘れてしまわねばならない。


あらゆる雑音の中から、サクラの小さな声を探し当ててしまわねばならない。サクラが他の男と話している時に、微妙な気持ちにならねばならないのだ。


胸の高鳴りと共に、エルマは妙に冷静な頭で考える。


なんだよそれ。好きってなんなんだよ。


俺は一体サクラに何をすればいいんだ。

サクラは俺に何を求めているんだ。


おはようと挨拶をすればいいのか?

一緒に帰ろうと言えばいいのか?

手を繋げばいいのか?


まるで分からない。


目を閉じて、頭をぐしゃぐしゃとかいた。ああ、と情けない声が出る。


自分の感情が分からなかった。最終的に行き着いた結論は、サクラにとっては冷酷なものであった。


エルマは真っ赤な顔をしたままこう思う。

やめてくれ。いい迷惑だ。



トボトボと下を向いて歩いているせいで気づいた。


廊下の柱の隅に、複数枚のおはじきがある。しかしそれはばら撒かれておらず、パンケーキのように積み上がっていた。


そのまま歩いていると、同じようなものをもう一箇所発見する。音楽室の入り口付近だ。


もう少し歩くと、渡り廊下の隅にはばらけたおはじきがあり、ウサギ小屋の前に積み上げられたものを見た。


野良ワラシの仕業だと思った。


おかっぱ頭の野良ワラシが丸まって、おはじきを重ねている様子を想像したのだ。


初めて出会ったあの時から数ヶ月経った今、エルマはもちろん、他の生徒も野良ワラシを見たものはいない。


この学校にはもういなくなっちゃったのかな、と元担任の先生は寂しそうに言っていた。きっとまた忘れた頃にやってくるよ。その時は何も言わずに遊んであげようね。


野良ワラシは、エルマたちが探し回ったせいで、出るに出れなくなったのだろうか。


本当は一緒に遊びたいのに遊べなくなってしまったのだろうか。妖怪だと気づかれて落ち込み、一人でおはじきを重ねている背中を思い浮かべる。


エルマはウサギ小屋の前に積み上げられたおはじきに近づき、その塔の一番上に自分が持っている水色のおはじきを重ねた。


あのおかっぱ頭の女の子を思い出して、小さく呟く。


「次は勝手に入ってきても、黙っといてやるよ」


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