“あなたの未来に幸あれ“

三人で写真を撮るのは最後かもよ、と弥生が言った。次全員揃うときは、四人になってるかもね、と。


お腹の中の子は春に誕生予定だ。


弥生が真ん中に移動して写真を撮る。机の上に並んだ皿の汚さに全員で笑った。

普通、料理がある時に撮るもんでしょ。いやはや、美味しそうでつい箸が真っ先に伸びちゃいましたね。私たちって本当SNS映えしないわよね。そこが気楽でいいんだけどさ。


「おや?」


ニヤニヤと画面を眺めていた弥生が突然、真面目な表情をして背後を振り返った。律もそれに気づいて振り返る。視線はそのままに尋ねた。


「何かあった?」


「うん。花の冠を被った女が後ろに写ってて。ほら、この前、律と飲んだ時にも映り込んでたじゃない。あの女よ。また?と思ってさ」


不穏な動悸が走る。

律の目にも確かに見えたのだ。花の冠を頭に乗せた女が、店のガラス扉の向こう側から明らかにこちらを見て立っている。


さらに彼女は律たちの視線に気づくと、一歩前に進み出てきたではないか。


「なんなのよ、気持ち悪いわね」


弥生も一歩踏み出したのを、律が引き留めた。関わらないほうがいいよ、と囁く。


燈子も座ったまま、しっかりと弥生の手を掴んだ。何もしないで、と懇願する二人の親友に、弥生も当初の勢いを失う。


花の冠を被った女は、店内に入ってきた。まっすぐに自分たちの席に向かってくる。


店員が対応しおうと視線を向けたが、律たちの席に向かう女を見て、友人だと思ったのだろう、すぐにその場を離れ他の仕事をし始めた。


律は燈子を守るように立ち塞がる。この中で一番危害を加えられるとまずいと判断した。弥生もそれに気づいたようだ。身重の女を囲むようにして睨む。


花冠女は律の対面に立った。


近くで見ると美人ではなかった。

言ってしまえば普通だ。


これといった特徴がない。一度会って、談笑しても数分後には思い出せないような顔。話した記憶はあるのに、顔だけが思い出せない。記憶の隙間に入り込んで、なんの影響も残さないまま消える。そんな顔だと思った。


彼女は何も言わずに、にゅっと腕を伸ばした。柔らかそうな素材のワンピースは、シワや汚れひとつなく綺麗に腕を包み込んでいる。


握られた拳を上下に動かされた。

何かを手渡そうとしているようだ。表情は読めない。怒っているようでも、悲しんでいるようでもあった。


恐る恐る手を伸ばして受け取る。彼女の手のひらから、つやつやした何かが転がった。


「あなたの未来に幸あれ」


女は燈子の腹を見て、それだけ言った。


やはり特徴のない声だった。すぐに忘れるような、脳に残らない声。


女はやがてゆっくりと踵を返した。カランカラン、というベルが鳴り響き、店員も「ありがとうございました」と自動的に口を動かした。


パステルカラーのワンピースはすぐに雑踏に溶ける。


息を止めていた三人は、次第に肩に入れていた力を抜いて、律の手のひらに収められたものを覗き込む。


顔を見合わせた。


それは青色の線が数本靡いた、綺麗なおはじきだった。

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