魔除けのおはじき
「先生、これあげる」
とある生徒に差し出されたのは、一枚のおはじきだった。
お弁当を傍らに置いて受け取る。他の生徒に半分減った弁当箱を覗き込まれ愛妻弁当?と尋ねられた。満を辞して頷く。どこで覚えたのかひゅうひゅう、お熱いですねえ、と口笛を模した声を上げられる。
金魚鉢を上から覗き込んだような模様のおはじきに、これどうしたの?と尋ねる。エルマ少年は肩をすくめた。
「そこに落ちてた。俺には必要ないし、他にあげるやつも思いつかなくて。そしたらユキトがミズシマ先生なんてどう?って言ってさ」
名前が出たユキト少年は「他にいい子が思いつかなかったんだ」と言った。
よく分からないが生徒のご指名である。ありがたく受け取ることにしよう。
するとそれを聞いた数名の生徒から、それなら私も、俺も、とポケットから差し出される。すぐに手に溢れるほどの量になった。
どんぐりや花をプレゼントされることはあっても、どうして山の中でおはじきをもらわねばならぬのだと苦笑する。
エルマ少年とユキト少年は既にどこかへ走り去った。代わりにおしゃべりしたがりの女子生徒たちに囲まれる。先生の奥さん綺麗?どんな人?という質問をやんわりとかわして尋ねる。
「最近、学校でおはじきがばら撒かれているのを見るけど流行りなの?」
「うーん。流行りっていうかー。お守りだよね」
「“よしこさん“に連れてかれたくないもん」
「いい子に思われないようにってするんだよ」
「悪い子にならなきゃいけないけど、悪いことしちゃダメでしょう?」
「だからおはじきで身を守っているんです」
ねー、と女子たちは顔を見合わせる。
光希は困った。全然意味がわからない。
「えっと…。先生も知りたいな。もうちょっと詳しく聞かせて。“よしこさん“って誰?みんなは悪い子になりたいのかい?」
「悪い子になりたいわけじゃないんです」
「でもいい子だと連れてかれるから、そのためのおはじきなんだよね」
子供達からどうにか聞き出して理解しようとすると、おはじきは何やら魔除けの意味があるようだ。
その怪異は“悪い子“とおはじきを嫌う。“悪い子“の基準はよく分からないが、おはじきを持っていれば、“よしこさん“に出会っても連れて行かれないらしい。
おそらく新しい都市伝説だろう。口裂け女に対するポマードのように、“よしこさん“に対して有効なのがおはじきなのだ。
つまり、子供たちはいたずらでおはじきをばら撒いていたわけではなく、“よしこさん“の襲来から身を守っていたのだ。
さらにこれが転じて、占いのようなことができるらしい。握った拳のどちらかにおはじきを忍ばせて第三者に質問し選ばせる。
答えが“悪い子“、即ち嘘であればおはじきが登場し、正直に答えると“いい子“で何も出ないのだという。
何とも子供らしいというか、ツッコミどころしかない遊びではあるが、やっている本人が楽しんでいるのなら咎めるほどでもないかと思う。
立場上は、学校に不要な物を持ってくるなとは言い続けなければならないが、ポケットにおはじきを忍ばせておくくらいなら構わないだろうとも思う。
でも学校にばら撒くのはやめてね、と彼女たちにやんわり伝えておく。“よしこさん“が来ても、先生が対応するから大丈夫。大人の話し合いをします、と胸を張っておいた。
彼女たちは「はーい」と素直に聞いたが、心強いと思ってくれたかどうかは分からない。
「せっかくだから占ってあげます。先生に質問です。先生は、奥さんのことが好きですか?」
可愛らしい小さな握り拳を二つ突きつけられる。光希は答える。
「もちろん大好きです」
そして左の拳を選んだ。その生徒は「えー」といいながらくるりと手のひらを広げてみせた。そこにはおはじきがある。
サイテー、とか嘘なのー?という不名誉な声が上がる。
光希は大袈裟に空を仰いで、手のひらを頭に当ててみせた。
「ああ、なんてこった。先生が嘘をついてしまったのがバレたようだね。
本当は奥さんのことが“大好き“なのではなく、“世界で一番大好き“なんだ。ちょっと、そんなこと言わせないでくれよ、恥ずかしい」
これには不満顔の女子たちも一転、大盛り上がりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます