よしこさん
ユキトはこちらを見向きもせず、ボコボコした木の幹に手を置いて、足元をじっくりと探しながら続けた。
「“よしこさん“に連れて行かれないためらしいよ」
「よしこさん?」
「うん。女子の間で流行ってるんだ。姉ちゃんから聞いた」
「何それ。聞いたことないよ」
「俺もよく知らない。でも、おはじきを持っていれば“よしこさん“に連れて行かれないで済むんだって。俺もお守りがわりに持たされた。ほら」
ユキトはようやくこちらに目を向けて、ズボンのポケットを弄った。黄色の線が入ったおはじきが一つ現れる。
「だから、“それ“もその噂を聞いた誰かが持ってきて落としちゃったんじゃない?」
“それ“の部分で、そこにいる全員の視線がエルマの手に向かった。
エルマは再度掲げてみせる。
タイゼンが納得のいかない様子で腕を組んだ。
「ってことは、学校でばら撒かれているのも、誰かが落としたものなのかな。それにしちゃあ随分大胆に落っことしてると思うけど」
「ああ、それは違う。“よしこさん“はおはじきが嫌いなんだ。だから学校にばら撒いておくと“よしこさん“が来ることはないんだって。連れて行かれるリスクもぐんと減るわけだ」
ずっと気になっていたことを誰かが尋ねる。
「“よしこさん“って誰だよ」
「知らねえよ。多分口裂け女とか、トイレの花子さんとか、そういう類と一緒だ」
ユキトは面倒くさそうに肩をすくめた。
「でも、別におはじきを持ってなくても大丈夫だよ。“よしこさん“は悪い子が嫌いらしいんだ。“よしこさん“が現れるのはいい子の前だけ。だから先生の目を盗んで危険なことしてる俺たち探検隊の前には現れないよ」
エルマはタイゼンに許可を得て、おはじきを自分のポケットに入れた。それを合図に探検隊も解散する。エルマを含め、ここにいる少年たちはユキトの話を信じているのかは微妙だった。
それでも変わった都市伝説を聞いて、エルマには思い浮かぶものがあった。
おかっぱ頭の野良ワラシだ。
今日は遠足で学校に子供はいない。しんと静まり返った静かな平日の学校で一人遊んでいる野良ワラシ。そんな彼女を気遣うように、口裂け女やトイレの花子さんなどの妖怪仲間がすうっと現れた。
姿を知らぬよしこさんもいる(よしこさんはエルマの中で、長い黒髪に白いワンピースの女だった)。
一緒に遊ぼうと手を伸ばした妖怪を見て、野良ワラシはどんな反応をするのだろう。
喜ぶのだろうか、怖がるのだろうか。そもそも彼女は自分が妖怪であることを認識しているのだろうか。
キノコを探すフリをしながら、エルマは考える。
野良ワラシはどちらを選ぶのだろう。
妖怪の仲間入りをするのか、それともエルマたちが帰ってくるのを待つだろうか。
どうか後者であって欲しい。
やっぱりエルマは、彼女が妖怪には見えない。
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