遠足当日(エルマ少年)

探せ!危険なキノコ

例えば、通学路に並べられた街路樹。その隙間を埋めるように配置された花壇。これらを見てもエルマは何も思わない。


本当に、何も思わないのだ。


葉っぱが紅葉しても、季節の花が植っていたとしても、なんの感慨もない。最近の流行りや、楽しかった出来事を友達と共有するための道を彩る飾りでしかない。


しかし、山の中は違う。

山は自然の方が主役だった。


曲がりくねった触手のような枝がいくつも地を這い、葉っぱはこの上を容易には歩かせまいとツヤツヤした表面を見せて土を埋めている。見たことのない赤い実と、見たことのない虫がその隙間から顔を覗かせていた。


圧倒的な“生“だ。


エルマはアスファルトで舗装された歩道から、ゴクリと喉を鳴らして周辺の木々を見やる。葉を全て落とし、ガックリと項垂れている死んだように見える木も、次の春になればすぐに葉をつけ、実を落とすのだろう。


普段目にする自然は、人によって手懐けられたものだと痛感する。


危ないキノコが日本のどこかで急増中らしいから、もし見つけても触るなよ。

いいか、絶対だぞ。触っただけでもすごく痛いらしい。食べると死んでしまうからな。


バスに乗り込む前の先生の言葉と、想像の数倍も気持ち悪い見た目のキノコには少年たちの好奇心を刺激させられた。


そうと聞いちゃあ、黙っていられない。


誰が最初にあの危険なキノコを見つけられるのかとこっそり探検隊を結成する。

この探検隊に加入するためのルールはただ一つ。


キノコを見つけても絶対に触っちゃダメ。それだけだ。


お弁当を広場で平らげた後、少年たちは自由行動の間、嬉々として山の中に向かう。遊歩道から逸れた脇道を陣取り、目を皿にして危険なキノコを探した。


しかしいくら探せども見つからない。

リーダー格の男が“そんな簡単に見つけられるものじゃない。だからこそ男は燃えるんだろ“と言っていた。その言葉に少年たちは励まされた。ちょっとかっこいいと思ったのだ。


最初に声をあげたのは、ちょっとやそっとでは動じない強い男になってほしいという意味を込められた“泰然タイゼン“だった。


探検隊はすぐに駆け寄る。タイゼンは目を煌めかせる友人たちに向かって、罰が悪そうに頭を掻いた。


「ごめんごめん。キノコは見つけてない。でも、こんなもの見つけてさ」


彼の手のひらには、金魚を封じ込めたような柄のおはじきが乗っていた。


子供達の反応は、なーんだ、とがっかりする者と、なんでこんなところにおはじきが?と首を捻るものの二種類に分けられた。


リーダーは前者だったようだ。他を探すぞ、とすぐに興味を無くし、同意した探検隊の大部分が彼に着いて行った。


エルマは数少ない後者側の人間だった。タイゼンの手のひらからおはじきを受け取り、日にかざすようにまじまじと眺める。


自然が主役の山の中に、人工物があるのは不思議だった。


「そういや最近、学校でもよく見るよね。校庭の隅っこにばら撒いてあるのを見たよ」


「誰が持ってきてるんだろうね。先生も持ってくるなって言ってるのに」


「でもここは学校じゃなくて山だぜ。なんでこんなところにもあるんだろう」


「俺、知ってるよ」


口を挟んだのは、リーダーについて行ったはずの男だった。優しく希望を持った人になって欲しいと名付けられた“優希人“だ。

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