連れて行かれませんように
サヤちゃんは(姉ちゃんと違って)優しくてふわふわした女の子だ。ちょっとふっくらとしていて、いつも甘い匂いがする。
ユキトはサヤちゃんに優しく微笑まれるたびに赤面する。クラスのどの女子とも違う、年上のお姉さんにドギマギしてしまうのも、サヤちゃんを苦手とする要因だった。
サヤちゃんは手に何かを握っていた。
何を握っているのかは隠れていて分からない。白くてまんまるな拳を二つ差し出される。
「それでは、今からユキくんのことを占いまーす」
姉ちゃんも、他の子達もサヤちゃんと向かい合って座るユキトを興味深く眺めていた。
ユキトは夕方のニュースでたまに見る裁判の絵を思い出していた。被告人はもちろん自分だ。
「ユキくん。今から言う質問に正直に答えてね。その後に、私の手をどっちか選んで指差して」
黙って頷く。
それしか生き延びる術はなかった。
姉ちゃんがはいはーい、と手を挙げた。
嫌な予感がした。
「ユキは、好きな子がいますかー?」
きゃはは、とうるさい笑い声がする。ユキトはチラリとサヤちゃんを気にしながら、真っ赤になって答える。
「いねーし!」
サヤちゃんは穏やかに微笑んでいた。
そして促すように自らの両手を上下に動かす。
選べ、と言われているのだろう。ユキトは適当に右を指差す。開かれた手のひらから一枚のおはじきが現れた。
何が面白いのか、女たちはひっくり返って笑う。姉ちゃんはゴリラみたいに手を叩いて喜んでいた。
「その子は、同じ学校のクラスメイトですか?」
知らない女の子が聞いてきた。
いないって言ってるのに、何を質問しているんだろうと戸惑っていると、姉ちゃんが低い声で脅してくる。
「聞かれてんだろ。はい、か、いいえで答えろ」
その勢いに何を聞かれたかも忘れて、答える。
「いいえ」
そしてもう一度右を選んだ。サヤちゃんの手には何もない。すると女たちは「おおー」と感心した声を出す。全く意味がわからない。
「じゃあ、その好きな子は年上ですか?」
もう全部否定してやろうかな。
ユキトは早く解放されたくて、サヤちゃんの右手を指差しながら答えた。
「いいえ」
開かれた手にはさっきと同じおはじきが現れる。女は意味ありげに「へえ」と笑った。
たまららず姉ちゃんに詰め寄る。
「さっきからなんなんだよ。質問とおはじきに、なんの意味があるんだ」
ユキトの声は黙殺された。
サヤちゃんが面白そうにくすくすと笑う。それからあのまんまるな手を開いて、ユキトの頭に腕を伸ばした。
まさか殴られるのかと思って身を固めたが、頭に置かれた優しい手つきに驚く。まるでお母さんみたいだ。
サヤちゃんは優しい笑みを浮かべたまま、こう言った。
「よしこさん、よしこさん。ユキくんは、悪い子です。だから、どうかどこにも連れて行かないでください」
「よしこさん?誰それ」
誰も答えない。
ポカン、とするユキトの頭から体温が離れる。サヤちゃんの手が置かれていた場所に、一枚のおはじきが乗せられていた。
「本当に何?」
おはじきを乗せられた滑稽な姿で、ほとんど助けを求めるように姉ちゃんに目を向ける。
姉ちゃんは答えなかった。なぜか、いつもより柔らかい顔をしていた。いつもこんな顔をしていれば、名前が“深優“であっても違和感がないのに。
「これで、誰も連れて行かれないね」
サヤちゃんは微笑んだ。
ユキトを囲んだ女は、なぜか皆、ほっとしたような顔をしていた。
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